luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

判例から学ぶ刑法。意図的な虚偽告訴は戒められるべきだが、過度の重罪化視は危険かも。

はてなブックマーク - 虚偽の強姦証言で懲役12年…嘘をついた女性はどのような罪に問われるのか? - シェアしたくなる法律相談所 の内容を読んでみた。リンク先の記事の内容を反映してか、若干、感情的に過ぎる意見が多い、というのが率直な感想である。
虚偽告訴の内容によって、被告人が失った人生と等価なものを失わせるべき、というような意見があったり、大きな賠償額を負う事を希望している向きもあったが、後者はともかく、前者は刑法の効果を、被害者の仇討のように捉えていて危ういと思う。
近代の刑法は、法益の保護を刑を科することにより、未然に保護するという目的を持っており、被害者の報復感情の充足のためにあるのではない。そういう向きが無いという訳ではない、と主張する方も居るが、そういう風に考えた時に、元々の仇討の行為が、実際に何を生むか考えたことはありますか?
ごく普通に経験則でも理解可能かと思うが、そういった応酬の感情が互いの対人関係の感情として、うまく収束するという保証はない。つまりは、仇討の容認は、相互の憎悪の無限連鎖を生むのであって、どこかで収束するようなものでは無い。互いの軽い喧嘩が、いつしか激しい憎悪となり、出会うたびに互いに激しい攻撃をするようになる例は、非常に多いのではないのか。
そういう状態であれば、安易に刑法を被害感情の慰撫に使うべきではないと思う。それは、刑罰の無限の厳罰化に繋がる、暗黒の道のように思えてならない。


さて。冒頭で私個人の見解を示したので、後半は虚偽告訴罪を取り巻く、法的事実の記載をしてみようと思う。記事にもあった。虚偽の強姦証言で懲役12年…嘘をついた女性はどのような罪に問われるのか? | シェアしたくなる法律相談所 より。

「痴漢事件に関しては、女性達が共謀して痴漢の事実を作り上げるべく、痴漢をされていないにもかかわらず、慰謝料目当てで男性を陥れ、嘘の被害と嘘の証言で罪のない人を痴漢犯人に仕立て上げるという事件が一時期横行しました。

http://lmedia.jp/2014/11/20/58646/

記事にあるように、本件がその状況にあると安易に決めつけてしまう事はしない。しかし、一般事実として、そういった状況があったことは事実で、実際に虚偽告訴罪実刑が出ている例はあります。
例えば、この事件。痴漢虚偽告訴の男に実刑ですが - 元検弁護士のつぶやき より。

痴漢虚偽告訴の男に実刑ですが

交際女と共謀、痴漢虚偽告訴の元甲南大生に実刑(2008年10月24日15時58分 読売新聞)
 懲役5年6月(求刑・懲役8年)の実刑判決

http://www.yabelab.net/blog/2008/10/24-170002.php

上記のように実刑が出ています。この内容は強盗未遂混みの量刑という事なので、それでこの内容というのが実際の裁判内容のようです。この他にも探せば類似の判決は出てきそうですが、元々虚偽告訴罪は件数が少なく、判例自体は多くは無いようです。
なお、虚偽告訴罪の条文は、刑法 より、

第二十一章 虚偽告訴の罪

(虚偽告訴等)
第百七十二条  人に刑事又は懲戒の処分を受けさせる目的で、虚偽の告訴、告発その他の申告をした者は、三月以上十年以下の懲役に処する。

http://law.e-gov.go.jp/htmldata/M40/M40HO045.html

となります。
実際には告訴というよりは被害届の段階で、構成要件の条件を満たしてしまうようです。虚偽告訴罪の成立要件 | とある法学徒の社会探訪 より。

(なお、「その他の申告」には、犯人処罰の意思表示を含む告訴・告発と異なり、その意思表示を含まない「被害届」も含まれます)。
本罪での「虚偽」は客観的真実に反することをいう(昭和33年7月31日最高裁決定)とされていますので、基本的には、刑事訴訟上で「無罪」判決が確定すると、告訴等が「虚偽」であることとなります。また、既遂時期は告訴等がされた時点であれば足り、裁判はおろか、捜査さえ始まる必要はありません(大正3年11月3日大審院判決)。

http://ameblo.jp/jurisdr/entry-11642004460.html

若干、分かり難いかも知れないので補足するが、公訴時効の時期の時効起算点*1がありますので、この既遂時期という概念に注意を払っておいてください。刑の量刑上限よりは公訴時効の方が短いので、実際に実刑を最大年数満期に受けていると、虚偽告訴罪は時効が来てしまいます。
文章にあるように、無罪判決確定がされ、告訴の虚偽が確定すると、虚偽告発罪が成立します。
そして、構成要件の一端である、故意の判定についてが、結構問題なんですね。先ほどの内容をさらに引用すると、こういう事実がある。

最も問題があるのが「故意」です。普通、故意は「構成要件該当事実・犯罪事実の認識・予見及びその認容」とされ、「(その構成要件該当事実・犯罪事実が起きる)かもしれない。けど構わない。」という、いわゆる未必の故意であっても、刑法38条1項の「罪を犯す意思」(つまりは故意ですが)に該当すると考えられています。

http://ameblo.jp/jurisdr/entry-11642004460.html

虚偽告訴罪でも「自分の告発にて、相手を虚偽の犯罪告発が起きる状態にしてしまうかも知れない、けど構わない」という状態であっても、故意とされてしまうのです*2。実際には以降の文章で続くように、これは虚偽告発罪については、かなり問題があるのです。
例えば、実際には不意にあたっただけ、でも被害者が被害と考えて告発し、それが裁判で無罪確定すると、被害者の告発が虚偽告訴罪を構成してしまいます。これは実際の被害者の行為に関して、色々と問題になります。このような条件では、自分が虚偽告訴罪に該当すると考えて、被害者の告発にためらいを生む状況となり得ます。
そして、判例は昭和28年1月23日最高裁判決で、この判断を容認しています。実際に、そういう状況を生む状態でも、虚偽告発罪が成立するとしているのです。
この部分、調べると分かりますが法務関係者の中で、かなり議論の元となっています。それ程までに、ここの部分には問題があるのです。
安易に、実際に起きた事件について、虚偽告発罪に言及し、重罪化を言う事は、こういった虚偽告発罪の実際の法的解釈の状況から、色々問題になり得る、という事は知っておいてよいのでは? と、私は思います。
実際の法実務では、その罪の置かれている状況や、法の適用罰の量刑の状況など、実務のバランスも含めて、刑法の罪定義を考え、熟考することがとても重要です。
そこを考えずに、安易に刑法の罪概念を振り回し、感情のままに重罪化を叫ぶと、実際の色々な部分に歪みを生じさせてしまうのです。それをちゃんと知っていて欲しいな。

*1:時効開始とする時間の起点。

*2:ここに記されている「未必の故意」は、他の刑法犯罪の構成要件でも同様に適用されます。それが虚偽告訴罪でも同様の条件とされる、という事です。