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判例紹介 - 平成25(ネ)752 平成26年4月24日名古屋高裁判決 「認知症者による事故に関する賠償請求事件」 (1)

先日、認知症に関する判例で、とある方と話題になり、実際の判決文(全文)を読んでいます。
本日は PDF から起こした全文の、前半部分を掲載します*1。長文のため、掲載にワンクッション置き、分割しています。
平成25(ネ)752 平成26年4月24日名古屋高裁判決 より。

下級裁判例
事件番号 平成25(ネ)752
事件名 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日 平成26年4月24日
裁判所名・部 名古屋高等裁判所  民事第3部
原審裁判所名 名古屋地方裁判所
原審事件番号 平成22(ワ)819
判示事項の要旨
 鉄道会社が,認知症により責任能力を失っていた高齢者が鉄道の駅構内の線路に立ち入り,通過する列車と衝突して死亡した事故によって生じた損害について,遺族に対し,監督義務違反の過失があったことを理由として,民法714条又は709条により損害賠償を請求した訴訟において,長男に対し民法714条2項の準用により,妻に対して民法709条により,それぞれ請求全額を認容した1審判決を変更して,長男に対する請求を棄却し,妻に対しては,民法714条1項による損害賠償責任を肯定した上,同条による損害賠償責任の法的性質などから,双方の事由を総合考慮して,賠償すべき額を損害の半額とした事例

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=84175

判決文全文(PDF) より。

平成26年4月24日判決 名古屋高等裁判所
平成25年(ネ)第752号 損害賠償請求控訴事件〔原審・名古屋地方裁判所平成22年(ワ)第819号〕
主 文
1 原判決中,控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。
2 控訴人Aは,被控訴人に対し,359万8870円及びこれに対する平成22年3月6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人の控訴人Aに対するその余の請求及び控訴人Bに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じて,控訴人Aと被控訴人との間に生じたものはこれを2分し,その1を控訴人Aの負担とし,その余を被控訴人の負担とし,控訴人Bと被控訴人との間に生じたものは被控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。
(2) 上記取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,認知症を患った高齢のCが被控訴人の駅構内の線路に立ち入り,被控訴人の運行する列車と衝突して死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し,被控訴人が,Cの妻である控訴人A,子である控訴人B,1審被告D,同E及び同F(以下,この3名を「1審被告ら」ともいう。)に対し,(1)本件事故当時においてCが責任能力を有していなかった場合には,民法709条又は714条に基づき,連帯して,損害賠償金719万7740円及びこれに対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め(選択的請求1),(2)本件事故当時においてCが責任能力を有していた場合には,民法709条に基づきCが負担した上記損害賠償金支払義務を控訴人ら及び1審被告らがその相続分に応じて承継したとして,妻である控訴人Aに対しては359万8870円,子である控訴人B及び1審被告らに対して各89万9717円及び上記各金員に対する各訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた(選択的請求2)事案である。
原審は,本件事故当時においてCが責任能力を有しなかったと判断した上,控訴人Aに対する請求を民法709条により,控訴人Bに対する請求を同法714条2項の準用により,全部認容し,1審被告らに対する請求を棄却したところ,控訴人らが控訴した。なお,原判決中,被控訴人の1審被告らに対する請求を棄却した部分については不服申立てがなかったので,同部分は確定した。
以下において,略語は,特に断らない限り,原判決の例による。
2 前提事実
次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決4頁16行目と17行目の間に,次のとおり加える。
「(3) Cについては,民法7条に基づく後見開始の審判がなされたことはなく,同審判申立手続がなされたこともなかった。」
3 争点及び当事者の主張
次の4のとおり当審における当事者の主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」3に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,1審被告らに関する部分を除く。)。
4 当審における当事者の主張
(1) 控訴人らの主張
ア 控訴人Bは,「事実上の監督者」に該当しないこと
(ア) 原判決は,介護方針の最終決定を行う地位や重要財産の処分等の決定等を行う地位の有無を問題にして,控訴人Bを民法714条1項の法定監督義務者や同条2項の代理監督者と同視し得る「事実上の監督者」としているが,「事実上の監督者」は,現実に日常的に責任無能力者を保護監督する者について論じられる概念であり,介護の中心的役割を果たし,その方針の最終決定を行う地位や重要財産の処分等の決定等を行う地位とは無関係である。
実際に,控訴人Bは,G市に在住して月3回の週末程度しかCの生活に関わることがなかったのであり,現実にCの行動を制御することが全くできない控訴人Bに,「現実に行使し得る権威と勢力を持ち,保護監督を行える可能性がある」などとはいえない。
(イ) また,「事実上の監督者」に当たるか否かを判断するにおいて,控訴人Bが,介護に中心的役割を果たし,その方針決定を行う地位にあったか否か,Cの重要な財産の処分や方針の決定等をする地位や立場にあったか否かを問題にするとしても,以下のとおり,控訴人Bはそのような地位や立場にはなく,Cの介護においても中心的な役割を果たしていない。
すなわち,C所有土地をコンビニエンスストアフランチャイザーに賃貸した件は,控訴人AがCに代わって契約書の書換え等を行ったものであり,控訴人Bは契約に関与していないし,控訴人BがC所有の土地上に控訴人Aとの共有名義の建物を建築したのは,Cの了承の下で計画されたものであり,認知症発症後のCの財産の管理はすべて控訴人Aが行っていた。また,控訴人Bは,Cの介護の補助を目的として週末にH市に帰っていたにすぎないし,C宅の改造や工夫は,日曜大工に長けていたので行っていたにすぎない。控訴人Bが遺産分割において賃貸中の土地の持分等の重要な財産を取得したのは,Cの死後約10か月後のことであるし,遺族代表として被控訴人の書簡に対応したことは,Cの財産処分や方針の決定等を行う地位の有無とは無関係である。
また,Cの介護方針や介護体制は,親族が顔を合わせた機会に,折に触れて皆で相談して決めたものであり,控訴人Bが話合いを呼びかけたことはなく,控訴人Bが主催したというのは事実誤認である。Cの介護の主体は控訴人AとTであり,Tの転居は控訴人Bが命じたものではなく,Tが長男の嫁として当然との意識から行っていたものであるし,控訴人Bは介護について助言もしていない。
したがって,上記各事情により,控訴人Bが,Cの重要な財産の処分等を決定する地位・立場にあり,Cの介護において中心的役割を果たしていたとする原判決は誤りである。
(ウ) 結果発生の具体的な予見可能性がなかったこと
民法714条の責任においても,結果発生の具体的な予見可能性があることは必要であるところ,Cは,他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす差し迫ったおそれがある言動をすることはなく,Cが一人で外出することについての予見可能性すら存在しなかった。
すなわち,控訴人らは,Cの行動状況からして,Cが控訴人AとTが気がつかないうちに,事務所硝子戸から出て自宅兼事務所のすぐ前の歩道からさらに遠方に出かけてしまうことを予見できなかった。また,Cは,外出した際,H駅方向に向かったことも,その構内に入ろうとしたこともなかった上,金銭を携帯せず,切符の買い方も列車の乗り方もわからなくなって久しかったのであるから,控訴人らにおいて,CがH駅の改札口を突破して駅のホームに至る可能性があることも全く予見できなかった。さらに,C宅の周辺には,踏切等線路上に立ち入ることのできる場所も存在しなかったし,Cの身体状態からすると,線路周囲の柵やガードレール等を乗り越えたり,くぐる等して線路上に立ち入ることも考えられなかったため,控訴人らには,Cが列車と衝突すること自体,全く予見できなかった。
したがって,原判決は,漠然とした他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす危険性の予見可能性を理由として,控訴人Bの監督義務違反を認めたものであって,控訴人Bに結果責任を負わせるに等しく,誤りである。
b 徘徊の予見可能性があることは,他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす危険について具体的な予見可能性があることに当たらないこと
Cは,従前,外出して行方不明となった2回を含め,線路内や他人の敷地内に侵入したり,公道上に飛び出して交通事故を惹起したり,外出した際やデイサービスでも他人に粗暴な振る舞いをしたりしたことは一切なかったし,自宅でもそうであった。また,Cは,見当識障害が生じていても,一人で水遣り等をして自宅兼事務所に戻ることができるなど,長年の習慣として身に付けた行動は自然と行うことができたから,交通ルールに則った行動等をすることができたと考えられる。
そして,厚生労働省は,徘徊を完全に防止する施策ではなく,認知症患者が徘徊することを前提として,認知症患者やその家族等を支える地域社会を作ろうとしており,このことは,徘徊自体が他人に危害を及ぼす具体的な危険のある行為として許容されないものであるとは考えていないことを示すものである。
また,在宅でも施設でも,厳密な意味で要介護者から常に目を離さないことは不可能であるから,認知症高齢者自立度Ⅳの判断にあたっての留意事項である「常に目を離すことができない状態である。」というのは,認知症高齢者自立度Ⅲと比較して「日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さ」が見られる程度がより頻繁になり,介護不要のまとまった時間帯が存在しないという程度のものと解すべきである。
したがって,控訴人Bにおいて,Cが控訴人Aらが気づかないうちに一人で外出し,他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす危険を具体的に予見することはできなかった。
c 控訴人Bは,Cが単独で外出することを予見できなったこと
Cは,自宅兼事務所周辺よりも遠方に出かけたいときは,昼夜を問わず,控訴人Aらに対し,「俺のかばんはどこにある。」などと言い,控訴人Aらがかばんを手渡すまで出かけることはなく,その後は,「Rに行く。」などと行き先を告げるのが常であったため,Tは,Cの外出願望を察知してCの外出に付き添うことができていた。そのため,本件事故当時,控訴人AやTが起きている時間帯に,同人らが気がつかないうちにCが一人で自宅兼事務所周辺より遠方に出かけることは,一切なかった上,Cが控訴人Aの就寝中に2度外出した後は,玄関に人感センサーを設置したことにより,夜間もCが控訴人Aに気づかれずに外出することはできなくなったので,以後は,昼夜を問わず,Cが単独で外出したことはなかった。そして,Cは,本件事故の頃には外出願望を訴える頻度が少なくなっていた。
したがって,控訴人Bは,Cが単独で外出することを予見することができなかった。
イ 控訴人らは,Cの単独での外出防止措置を尽くしていたこと
(ア) 平成19年当時,外出願望のある認知症の家族がいる場合に,出入口に人感センサー等の機器を使用することが,一般の介護体制であるとは考えられていないし,それまで,控訴人Aらが気がつかない間に,Cが自宅兼事務所の前の歩道より遠方に外出したことはなく,外出願望も薄れていたことなどからすれば,事務所硝子戸のチャイムのスイッチを入れておくべき法的義務はなかったし,仮に,チャイムのスイッチを入れていたとしても,家族が入浴やトイレ,家事,雑用等でCの傍を離れなければならない状況は当然生じるから,Cが単独で外出しようとした場合,これを完全に防止することは不可能である。
(イ) 原判決は,控訴人Bが,1審被告EのC宅の訪問頻度を増やしたり,ホームヘルパーを利用したりしていなかったことを問題にするが,1審被告EのC宅の訪問頻度を増やしたからといって,Cの単独での外出防止にはつながらないし,ホームヘルパーは,入浴,食事,排泄介助等の特定の目的のために,一定の時間に限って利用できるものにすぎず,一分の隙もなく認知症患者を監視するために利用するものではないし,そのようなサービスを提供する事業者は存在しない。
したがって,控訴人Bが,1審被告EのC宅の訪問頻度を増やしたり,ホームヘルパーを利用したりしていなかったことに問題はない。
(ウ) 認知症患者を自己の意思で外に出ることができない環境に置くことは違法な拘束に当たり,許されないばかりか,認知症患者の苛立ちやパニックを生じさせて危険であり,症状の進行や介護者との信頼関係破壊の原因となる。
ウ 控訴人Aには,Cが一人で徘徊することを防止するための適切な行動をとるべき不法行為上の注意義務違反は存在しないこと
(ア) 不法行為における注意義務の存否の判断における予見可能性は,単なる抽象的な第三者の権利を侵害する可能性があることについての予見可能性では足りず,具体的な予見可能性が存在しなければならない。ところが,控訴人Aは,控訴人Bと同様に,Cが一人で外出することを予見できなかったし,また,徘徊自体は他人の生命,身体及び財産に危害を及ぼす具体的な危険を伴う行為ではないのであるから,本件事故の結果発生を予見できなかった。
(イ) また,仮にCの家族の間で,控訴人Aが一定の範囲でCの介護を行うという介護体制が取り決められて,控訴人Aもその役割を引き受けたとしても,控訴人Aは当時85歳であり,要介護1の認定を受けていて身体にも不自由があり,夜間にCが何度も起きるために夜間断続的にしか睡眠をとることができなかったから,控訴人Aに期待された役割としては,同控訴人が担える範囲内のものに限定されていたのであり,同控訴人に対し,厳密な意味で「Cから目を離さずに見守ること」を義務とするようなものではない。そして,Cは,遠方へ出かけようとするときは,必ず控訴人AやTに声をかけていたし,夜間は,控訴人Aが就寝中でも,Cが外出しようとした場合には,玄関の人感センサーで気付くようにしていたものである。
そもそも,Cに対する介護体制といっても,合理的に可能な範囲で誰かが傍にいてCを見守っていたという程度の趣旨のものであり,このような見守りも,Cが負傷したり外出して戻れなくなったりして心身に悪影響を及ぼすことを回避するためのものであって,第三者の権利侵害を回避する観点からのものではない。
(ウ) したがって,控訴人Aには,Cが第三者の権利を侵害することがないように,一人で徘徊することを防止するための適切な行動をとるべき注意義務やCから目を離さずに見守るべき注意義務は存在しない。
(エ) 仮に控訴人Aが上記注意義務を負うとしても,上記の合理的に可能な範囲で負うものであり,85歳の控訴人Aが最大でも6,7分程度まどろんだからといって,過失があったとはいえない。
エ 被控訴人には安全確保義務違反が存在すること鉄道事業者等,自己の事業自体が高度な危険を伴うものである場合には,それによって利益を得ている以上,それに応じた高度な作為,不作為義務を負担しているというべきところ,社会は,幼児や認知症患者のように危険を理解できない者や,四肢の障害により状況に対応できない者など,様々な人によって構成されているのであるから,このような社会的弱者も安全に鉄道を利用できるように,軌道敷とそれ以外とをフェンス,施錠等によって分離し,階段には手すりを設け,エスカレーター,エレベーターやホームドアを設置し,ホームや通路に突起をもった誘導レーンを敷設したり,監視カメラを設置したり,介助や監視のための人員を配置したりするなど,施設,設備及び人員の充実を図って安全を確保すべき注意義務があるというべきである。
そして,Cは,自宅兼事務所を出た後,自宅からH駅の改札を通ってホームを降り,列車に乗ってJ駅まで移動し,ホーム先端の施錠されていない扉を開けて階段を下り,本件事故現場の線路上に至ったというべきであるところ,被控訴人は,駅構内について駅係員による監視を十分行わず,J駅ホームについては,その先端のフェンス扉が施錠されずに,取っ手をひねれば,誰でも容易に開けることができる状態にしていたのであるから,上記安全確保義務違反があったことは明らかである。したがって,同義務違反を認めなかった原判決は誤りである。
(2) 被控訴人の主張
ア 控訴人Bが「事実上の監督者」に当たることについて
(ア) 控訴人Aは,Cの財産管理を行っていなかったことを認めているところ,月に2回しかC宅を訪問しない1審被告Eや控訴人Bの妻にすぎないTがCの財産管理を行っていなかったことは,控訴人らも認めざるを得ないはずであるから,控訴人BがCの重要な財産の処分や方針の決定等を行う地位等にないとすれば,Cの財産管理や監護体制の構築・維持を行っていたのが誰であるのか不明となってしまう。また,控訴人BがCの重要な財産を取得したのは,控訴人Bは,Cの重要な財産の処分や方針の決定等をする地位・立場を引き継いでいたからこそといえるし,被控訴人からの手紙に対し,遺族代表として返答をしていたことからも,控訴人Bが,長男として万事を取り仕切っていたと考えるのが合理的である。
(イ)A 原判決は,他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす危険を具体的に予見することが可能であれば足りるとして,単なる抽象的な予見可能性で足りるとしているわけではなく,結果責任を負わせるものでもない。控訴人らによっても,Cは危険な場所に立ち入っても,そこがそのような場所であると認識できない状態であったことを認識していたというのであるし,本件事故当時,Cの外出願望は和らいでいたというにすぎず,なくなっていたわけではない。また,福祉施設Kに通った日は,そこから帰ると散歩に出るというのがCの行動パターンであったのであるから,帰宅後に散歩に出たいという願望が生じることはあるし,過去2回の徘徊実績もあるから,Cが単独で外出すれば,積極的にせよ消極的にせよ,他者に危害を加えることとなり得ることは,容易に予見可能であった。
なお,他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす差し迫ったおそれがあることの認識までは不要であることは,原判決の趣旨から明らかである。
b 徘徊は,その際に交通事故に遭うなどして他人の財産に危害を及ぼすことはあるし,過去2回の一人での徘徊の際にも,タクシー運転手やコンビニ店員に迷惑をかけているのであるから,徘徊が予見可能であることは,他人の生命,身体,財産に危害を及ぼす危険についての具体的な予見可能性があるということである。
c Cが,外出する際には「かばんはどこだ」などと家族に声かけをしていたとしても,過去に少なくとも2度も声かけをしない無断外出・徘徊をしたことがあるし,平成19年2月には,Cには昼夜逆転や夜間の徘徊が目立ってきていたのであるから,過去に一人で外出したのが夜間だけであるからといって,昼間の徘徊も予見すべきであるし,日没後の徘徊はよりいっそう注意をすべきであった。
イ 控訴人Bが,Cの単独での外出防止措置を尽くしていなかったこと(ア) 控訴人らも玄関に人感センサー付きのチャイムを設置して以降,本件事故発生までの約1年の間,昼夜を問わずCが単独で外出することを完全に防ぐことはできていたと主張するとおり,上記人感センサー付きチャイムを設置したことは有効であったのである。また,家族が入浴やトイレ等でCの傍らを離れなければならない状況の発生が不可避であるからといって,事務所硝子戸の人感センサーをオフにしてよいということにはならないし,スイッチが入っていれば,うたた寝をしていた控訴人Aのみならず,自宅玄関先でダンボールの片付けをしていたTも,Cの外出に気づくことができたのである。事務所硝子戸の人感センサーのアラーム音が大きすぎるのであれば,音量調節可能なものに取り替えることもできたことは,控訴人Bも認めるところであるのに,控訴人Bはそのような措置を施していなかった。
(イ) そして,控訴人AとTの二人での介護体制が厳しいとの認識であれば,1審被告EにC宅への訪問回数を増やすように依頼し,1審被告Eを加えた体制にすれば,控訴人AとTの負担が軽減されたことは明らかであるし,そもそもCは,昼間はデイサービスに通所していたのであるから,控訴人AとTの二人の介護体制がそれほど厳しいとはいえないし,介護の専門家である1審被告Eが加われば,より一層手厚い介護体制となったのは明らかである。
また,ホームヘルパーの業務には,介護保険の利用によっても,「日常生活上の世話」(介護保険法8条2項)や「居宅要介護者に必要な日常生活上の世話」(介護保険法施行規則5条)があり,Cが一人で外出するのを引き止めたり,それに付いて行ったり,控訴人Aらに報告したりすることが「日常生活上の世話」に含まれることは明らかであり,介護保険を利用せず,一般のヘルパーにこのような業務を依頼することも可能である。
さらに,認知症高齢者の徘徊対策として,携帯GPS等の機器が普及していたことも公知の事実であるが,控訴人Bはこれによる対策も講じていなかった。
ウ 控訴人Aには,民法709条による過失があったこと
(ア) 不法行為における予見可能性のためには,控訴人Aが主張するような詳細な具体的認識を必要としない。Cには強い外出願望,徘徊傾向が継続していたのであるから,控訴人AにはCが無断外出・徘徊をすることについて予見可能であった。そして,本件事故当時,Cには認知症による重度の見当識障害があり,自らの置かれた場所や状況を理解する能力が欠如し,危険な場所に立ち入ってもその場所が危険な場所であることを認識できない状態であったから,Cを単独で外出させれば,積極的にせよ,消極的にせよ,容易に他者に損害を加えることとなり得ることは明らかであった。控訴人Aは,Cが危険な場所に立ち入ってもその場所が危険な場所であることを認識できない状態であることの認識があった。
したがって,控訴人Aは,Cが徘徊すれば第三者に損害を与えることを容易に予見できた。
(イ) 家族会議Ⅰ及び同ⅡでCの介護体制が決定され,同人の日常の介護について控訴人AとTがこれを引き受けることとなったところ,Tは,証人尋問において,Cが自宅兼事務所にいる際に必ず付き添っていたわけではなく,Cと控訴人Aが二人でおり,Tが離れていることがある旨証言していることからすれば,Tが控訴人Aに対し,Cに付き添い,目を離さないで見守ることを期待していたことは明らかである。控訴人Aは,Cの配偶者で,唯一の同居人であったので,Cと一緒に過ごす中で自らが可能な範囲でCの付添・見守りを行っていたと考えるのが自然であるし,Tが証言するように,実際にCが外出したいと言い出した際に,Tがその場にいないときは,Cが外出したがっていることをTに伝えるようにしていたということは,控訴人AがCの介護において,自らに期待されるCの見守りという役割を引き受けていたことの証左である。そして,控訴人Aは,外部に開放された人感センサーのスイッチが切られた場所で,徘徊癖があり靴を履いたままくつろいでいるCと二人きりでいる時に,Cの徘徊を防ぐ術を有するのは控訴人Aしかいないのであるから,Cから目を離さないようにしておくのは最低限度の注意義務であり,容易にできることであるから,控訴人Aが高齢で身体が不自由であるからといって,上記の注意義務を免れるものではない。
エ 被控訴人に過失がないことについて
Cは,2回目に行方不明になった際にタクシーに乗車したのであるから,タクシーを利用してJ駅に至った可能性を否定できないし,何らかの方法でJ駅に至ったCが,線路と道路を仕切る柵の隙間から線路敷地内に進入し,本件事故現場に至ったことも十分考えられる。
Cは,予想外のことが出てくると混乱して自ら問題点を解決することができなくなったり,計画を立てたり,順序立てたり,手順に従って作業をすることができなくなる状態であったというのであるから,仮に,CがH駅改札口に至ったとしても,バーが閉じた自動改札機が眼前に現れて混乱して立ち尽くしたり,プラットホームに至ったとしても,場所の理解や列車への乗車方法がわからずに立ち尽くしたり,乗車できたとしても降車できなかったりすることは想像に難くない。
また,H駅では,J駅に至るL本線下りのプラットホームは改札口から最も遠くにあるから,Cが同ホームに至ったことの説明がつかないし,Cは数段の段差すら手すりがなければ歩けないというのであるから,J駅ホームのプラットホーム先端部の階段に足を踏み出したとしても,J駅ホーム先端の戸当たり付両面回転施錠を開け,既に日没して真っ暗となっていて,手すりも滑り止めもない10段近くの階段を転倒することなく下り,砕石上を十数m歩いて本件事故現場に至ったとは考えにくい。
さらに,Cの着衣に縫い付けられていたという氏名等を記載した布は,一辺数㎝程度のものであるから,改札口で不特定多数の旅客と対応しているH駅係員が当該布の存在に気づくことはできなかった。
そもそも,警察官は,時間をかけて本件事故現場を綿密に捜査したが,Cがいかなる経路をたどって線路敷地に立ち入ったのか特定できなかったのであるから,Cが本件事故現場に至った経路は不明というほかないのに,Cが本件事故現場に至った経路を特定して被控訴人に過失があるという控訴人らの主張は前提を誤るものである。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/175/084175_hanrei.pdf


判例紹介 - 平成25(ネ)752 平成26年4月24日名古屋高裁判決 「認知症者による事故に関する賠償請求事件」 (2)」は、明日に掲載。
続き。「第3 当裁判所の判断」以降の判決文については、明日掲載します*2

*1:改行等の直しを行っています。丸数字なども置き換えています。

*2:このブログ、あまりに長文だと、後半の分が切れるようです。その対策。