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私なりの結論 - 平成26年4月24日名古屋高裁判決 「認知症者による事故に関する賠償請求事件」

従前から、判決文の掲載、分析、まとめ、と、本判決を追ってきました*1。ここら辺で、私自身の判決文への感想などを語っておきたいと思います。
判決文を読む前、感じていたのは介護に関する厳しい判断だ、という世間一般の意見でした。そこで、判決文で具体的にどうなっているのか、興味を持って判決文を読んでみたのですが、言われている意見の印象に反し、判決文はかなり適正に判断しているように見受けられます。
基本的に、義務違反、つまりは適正な処置を行わない旨を判断したのは、認知症者の妻Aの監督義務違反のみです。
この他の違反行為は認めていません。具体的には、民法709条に基づく賠償責任の該当者は無く、鉄道会社の安全確保義務違反はありません。実際に事実関係に於いて立証できていない、とした内容に関しては、慎重に違反行為と判断していない、という事が判決文から読み取れます。
監督義務違反とした、妻の行為に同情的な向きもあるようですが、少なくとも違反行為と見受けられるような、センサー電源断という行為をしている事は否定できず、実際の他事件での一般的な監督義務違反行為の判断と、特異に違うというようにも思えません*2
また、その違法判断を緩和し、義務違反対象者を無くすという判決文にしてしまうのは、あまり肯定できません。
刑事事件であれば、その謙抑的性格から「罪の認定を行うに慎重であるべき」という意見もありますが、本件は民事訴訟でもあり、実際に起きた事象に対しての、債権での平衡*3をはかるのが目的ですから、ここで対象者が無い、というのも違うと思います。
それよりは、対象者を生じさせたうえで、賠償額の調整を行ったというのは、手続きの性格上、適正な手続きであったと思います。そして、判例分析(付記) - 平成25(ネ)752 平成26年4月24日名古屋高裁判決 「認知症者による事故に関する賠償請求事件」 - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック で取り上げたように、この裁判は各自に義務違反行為の対象者が無いにも関わらず、それぞれの行為の内容を考察して、賠償額の減額を行う、という判断をやってのけています。
不思議な事に、この部分、案外に画期的な判断なのかも知れないのに、取り上げているメディアは皆無ですし、一般の人は判決文の詳細を読み込んではいないのでしょうか。なお、法務業の方で、この件を指摘する人はいます*4ので、さすがに気づいている人は気づく点なのでしょうね。
.この判決文で、今後の課題があるとしたならば、介護者の監督義務責任を問うている部分と、賠償請求者の鉄道会社の安全確保義務違反を問うている部分のバランス調整をどうするか、という部分くらいだと思います。
そして、本件に於いては、「侵入できないように施錠すべき」というのは、「アラームの電源断」と比べた場合に、やはり無理な要求であり、片方が電源断と言う行為をしてしまっている以上、そちらに責任義務違反の天秤が傾くのはやむを得ない、と思います。批判されている方は、「では、どうだったら良かったのか」を、判決文を添削して見せて欲しい。


ところで、本件に対する批判意見を見て感じるままに、素直に意見を書けば、「本当に判決文を読んだのか?」というのが、まず一つ、あります。
「裁判所は介護現場を分かっていない」と批判がありますが、その方は判決文に、本件の賠償請求者も「控訴人Aは,上記4(4)で説示したとおり,民法714条1項ただし書に定めるところの監督義務を怠らなかったとまではいえないものの,Tらの補助を得て,Cのために相当に充実した在宅での介護体制を構築し,上記監督義務の履行に努めていたと評価することができる。」と書かれている事を、どう評価するのでしょうか。
それでも、「裁判所は介護現場を分かっていない」のでしょうか。また、その主張をする方は、「裁判所という現場を明確に分かっている」のでしょうか。
そしてもう一つには、単なる一事件である本件について、介護現場の不満をぶつけ過ぎ、という感じを受けました。
確かに、本件は注目を集めた判決文ではありますが、同時に、単なる一事例に過ぎません。数多くの問題が、介護現場にある事は分かりますが、本件を、その総ての標的にしてしまうのは、あまりにバランスを欠く意見だと思います。社会的な対策不足について、民事訴訟判決に多くを負わせるには、民事訴訟裁判には、荷が重いように、思います。

*1:リンクは、記事の末尾を参照。

*2:この部分、そうではない旨の意見があれば、実際の判決判断部分の資料を示してほしいと思います。単純に意見表明だけでは、実際の実務実例と比べての確認が出来ず、それを判断する事は出来ません。

*3:人間の間には、行為によって、債権が発生します。債権とは、辞書的に言えば「特定の人(債務者)に対して、一定の給付を請求できる権利」です。民事裁判での損害賠償請求は、何らかの行為に対して、民事訴訟の形式を使って、その行為に対する債権を生じさせる手続きです。なので、裁判に於いては裁決によって、その債権を発生させ、人間間での資産の均衡をはかるのが目的になります。

*4:例えば、重度の認知症徘徊高齢者の妻に監督義務者責任を認めた名古屋高裁判決はかなり思い切った判断をしている! : ウイズダム法律事務所ブログ