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判例分析 - 平成25(ネ)752 平成26年4月24日名古屋高裁判決 「認知症者による事故に関する賠償請求事件」

この判決、報道された内容等を見て、介護対象の妻の「監督義務者としての損害賠償責任」を問うた処を、「酷い」と称する意見が多かったように思います。また、そんな感想のみで、実際の判決文に示されていた内容を綿密に読み取った記事は、あまり無いようにも思います*1
非常に長い判決文ではありますが、私なりに読み解き、確認してみましたので、ここに分析の記事を書いてみました。
かなり注意深く読まないと、分かり難い個所もあるため、判決文を長く参照している部分もありますが、その必要もありますので、そこはじっくり読んでください。

ポイント(1) - 損賠償責任対象者の判定・一人目、肯定*2

ここでは、婚姻関係の法的義務から、介護者の妻の監督義務責任を肯定します。判例紹介 - 平成25(ネ)752 平成26年4月24日名古屋高裁判決 「認知症者による事故に関する賠償請求事件」 (2) - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック より...、

イ ところで,夫婦は,婚姻関係上の法的義務として,同居し, 互いに協力し,扶助する義務を負う(民法752条)ところ,この協力扶助義務は,夫婦としての共同生活が物質的にも精神的・肉体的にも,お互いの協力協働の基になされるべきものであり,互いに必要な衣食住の資を供与し合い,あたかも相手の生活を自分の生活の一部であるかのように,双方の生活の内容・程度が同一のものとして保障し,精神的・肉体的にも物質的にも苦楽をともにして営まれるべきことを内容とするものであるから,婚姻中において配偶者の一方(夫又は妻)が老齢,疾病又は精神疾患により自立した生活を送ることができなくなったり,徘徊等のより自傷又は他害のおそれを来すようになったりした場合には,他方配偶者(妻又は夫)は,上記協力扶助義務の一環として,その配偶者(夫又は妻)の生活について,それが自らの生活の一部であるかのように,見守りや介護等を行う身上監護の義務があるというべきである。そうすると,現に同居して生活している夫婦については,上記協力扶助義務の履行が法的に期待できないとする特段の事情があれば格別,そうでない限りは,上記協力扶助義務が,理念的には,対等な夫婦間における相互義務というべきものではあるけれども,上記のように配偶者の一方(夫又は妻)が老齢,疾病又は精神疾患により自立した生活を送ることができなくなったなどの場合には,他方配偶者( 妻又は夫) は, 上記協力扶助義務として, 他の配偶者(夫又は妻)に対し,上記の趣旨において,その生活全般に対して配慮し,介護し監督する身上監護の義務を負うに至るものというべきであり,婚姻関係にある配偶者間の信義則上又は条理上の義務としても,そのように解される。

http://d.hatena.ne.jp/luckdragon2009/20150214/1423858679

ポイント(2) - 損賠償責任対象者の判定・二人目、否定*3

また、同様に、介護者の長男の法的義務の検討を行うが、単純に「扶養義務だから、監督義務責任が無かった」という推定をするのではなく、その他の諸条件を見合わせた時に、「成年後見人に選出されてはいない事実」を見て、監督義務責任を否定します。引用は同じ記事より...、

控訴人Bは,本件事故当時,Cの長男としてCに対して民法877条1項に基づく直系血族間の扶養義務を負っていたものの, この場合の扶養義務は,夫婦間の同居義務及び協力扶助義務がいわゆる生活保持義務であるのとは異なって,経済的な扶養を中心とした扶助の義務であって,当然に,控訴人Bに対して,Cと同居してその扶養をする義務(いわゆる引取り扶養義務)を意味するものではないのであり,実際にも,控訴人Bは,本件事故の相当以前から,Cとは別居して生活しており,上記(2)のとおり,Cはその自宅において妻である控訴人Aの介護を受けて,控訴人Aと共に生活していたものであり,控訴人Bが,Cの介護又は生活のために,まとまった経済的出捐をしたことを認めるべき証拠もない。また,Cについては,成年後見開始手続がなされたことがないため,控訴人BがCの成年後見人に選任されたことはない。
そして,Cは本件事故の相当前から,精神保健福祉法上の精神障害者に該当する状態にあったが,控訴人BはCの扶養義務者にすぎないので,同法20条2項により,家庭裁判所の選任行為を待って初めてCの保護者となる(同項4号)ところ,控訴人BについてCの保護者に選任する裁判がなされたことのないことは弁論の全趣旨から明らかであるから,本件事故当時,控訴人BはCの保護者の地位にもなかったものである。
そうすると,控訴人Bについて,Cの生活全般に対して配慮し,その身上に対して監護すべき法的な義務を負っていたものと認めることはできないから,控訴人Bが,本件事故当時,Cの監護義務者であったということはできない。

http://d.hatena.ne.jp/luckdragon2009/20150214/1423858679


...つまり、本判決で、介護者の妻の責任のみが認められたのは、それが一般的な社会的責務であるから、という事ではなく、今件の諸条件を検討した場合、今件についての責任の対象者が、そうなった、という事に過ぎません。
ここの部分は、一般論的に論じる内容ではないので、妻の責任のみの肯定を述べる時には注意が必要です。
実際の賠償行為実務に於いては、被成年後見人の起こした損害についての賠償を、後見人が負うというのは、基本的に起こりうる行為だと思います。実際の法務実務者の団体では、そのための保険を用意し、それに加入する事で、その対策を講じるのが、一般的ではないでしょうか*4
なお、本件でもその予定があったように、後見人は親兄弟、親族が就任する場合が多いと思いますが、そう言った場合、本件で起きたような事態に対処する事もあると思うので、本判決はそれを判例として示唆していると見るのが正しいです。

ポイント(3) - 民法714条に基づく監督義務の条件について*5

これについては、実際の法適用条件の説明を、そのまま行っているので、その部分を引用します。

(1) 責任無能力者の加害行為によって生じた損害の賠償責任等に関する民法の規定について


(前半、省略)


そして,他には,責任無能力者の加害行為によって生じた損害をその被害者に賠償又は補償するような法制度は見当たらない。
エ 以上のとおりであるから,責任無能力者の加害行為によって生じた損害について,責任無能力者の損害賠償責任が否定されているため,被害者がその被害の救済を受ける方途としては,監督義務者等に対して民法714条又は709条により損害賠償責任を追及するほかないのであるから,責任無能力者の加害行為によって生じた損害の被害者に対しては,これらの民法不法行為に関する規定を,損害の公平な分担を図るという制度目的に合致するよう適切に解釈し適用することにより,公平で合理的な救済が図られるべきである。

http://d.hatena.ne.jp/luckdragon2009/20150214/1423858679


ぶっちゃけ、ここの部分は監督義務の条件を、未成年者の行為についての監督義務を裁可した最高裁判決と同等としている、という事です。既に判例で、そのような条件で、監督義務を認めている以上、本判決についても、同等とした。センサーのスイッチを切っていた、という行為は監督義務を果たしていない、と判断されたという事です。
なお、この条件を緩めてしまうと、この条件のみが被害者救済のために判断できる唯一の条件のため、それをする事は出来ない、と見るのが正しいでしょう。民事訴訟での被害者救済という機能を、他の裁判についても機能させるためには、この線は譲る事の出来ない部分だと思われます。
なお、鉄道会社の十分な資産内容を挙げて、事故対象者への請求を抑えよ、という論調も見受けられました。が、とすると、鉄道会社は犯罪行為以外の鉄道事故案件の総ての請求について、被害を甘受する事になり、それは鉄道会社の経営内容としては容認できない内容になると思われます。
多くの事故、特に自殺者の場合などは相手に支払うだけの資力がないのが現実なのではないでしょうか。支払える資産がある場合には、請求を回避すべき理由は無く、経営方針に関与する、株式総会などの経営者への責任追及を考察するに、その道筋は無いものと思います。


...今日は、夜も遅くなったので、ここまで。後日、この判決文にとても興味深い記述がありましたので、それを紹介します。判決文の解説としては、ひとまず、そこで締める予定です。

*1:実務者の記事に「実際の控訴判決を読んだわけではありませんが...」なんて書いてあるのには、実務者なのに、何で読まずに書くんだろ、と目眩を覚えた事も...。判決文の内容を正しく書かないなら、判決解説に何の意味もないでしょ。

*2:判決文中「(2) 控訴人Aの監督義務者等該当性」の箇所。

*3:判決文中「(3) 控訴人Bの監督義務者等該当性」の箇所。

*4:組織・支援体制 | リーガルサポートとは | 公益社団法人 成年後見センター・リーガルサポート のページに「成年後見事業賠償補償制度」が見えますね。

*5:判決文中「4 争点(3)(控訴人らの民法714条に基づく責任の有無)について」の箇所。