luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

サカサマのパテマが描く、認知相違の理解が難しい事、そしてもう一つの重要な心理(ネタバレなのでタイトルでは伏せる)。

ネタバレしてます。未見の方は、観た後で。

ちょっと大味と言うか、少し端折った淡白な描写があるせいで、若干人間関係が分かり難い処もあったが、なかなか楽しめた。

認知の違いを理解する難しさ

テーマの一つは、やはり異なった認知というのは、互いに分かり合うのは難しい、という処だろう。
「重力の物理法則が互いに逆に働く二種類の人」が描かれるのだが、自分が重力に*1引かれて落ちていくという現象への恐怖が、最初は互いに逆方向に働くが故に分かり難い、という描写は興味深かった*2
私も最初はなかなか直感できなかった。そして、その感覚が理解でき始めると、互いに相手の落ちる方向を想像して、足元ないし、頭上が気になる、という体がムズムズするような感覚を味わった。
人は真逆の感覚を持つ相手を簡単には理解できない。パテマが接触した社会も、その真逆の重力が働く人間を、過去に罪を犯した咎人として描き、禁忌としていた。パテマも発見され、秘密警察?に追われることになる。


ところで、その世界の教育の描写が、思想教育しかないのは狙いなのだろうか? 普通は他の数学とか、一般的な学科もあるはずなのだが、思想に関する描写ばっかりで、ちょっと奇妙でした。まあ、余分な描写を割きたくなかったのかも知れませんが、非常に不健康な世界に見えた*3


話を戻す。
実は少年の父親は、この世界の思想に違う視点を取り入れようとして亡くなっており*4、何かと違和感を感じていたらしい少年は、少女と知り合う事で、この世界が何か変だ、という事を考えるようになる。元々、その兆候はあったようだが、少女の出現で、それが確信になったようですね。
まあ、ここら辺の細かい心理描写はなく、物語の進行に合わせて台詞などで仄めかされるだけですが...。

世界の秘密、そして、自己を否定する難しさ。

物語が進行する*5につれ、少年の世界が実は人工世界な事が判明します。
そして、ラストでさらに驚愕の事実が。
少年の世界の地下で、少女が属する集団が生活しています。最初の認識では、重力実験に失敗し、反対に重力が働くようになった集団が少女側の集団のように思えるのですが、少年世界に人工の天井があったあたりから雲行きが怪しくなってきます。
最初は天井にあったのは、かつての失敗したプラントか? と思えるのですが*6、実はそれは少年の世界の一部で、そもそも少年の世界は物体の中にある地下世界なんですよね...。
そしてラストで、少年世界の地下部分の床が抜けて判明するんですが、少年の世界って、惑星の地下に、惑星の重力と逆方向に働く人のために造られた世界だったんです。つまり、重力が通常と逆に働くようになった、実験失敗の人々、つまりは少年の世界で咎人とされていた人々は、少年世界の人々自身だった訳です。


ここの部分、うまく作ってあります。自分が信じていた常識と言うものが真逆になる感覚を、観ている人はもれなく感じることになる訳で。
少女の属する集団は、少年の属する集団を監視、確認するための部隊で、彼女たちは通常の重力が働く人々だった訳ですね。最初に彼女が異常だ、と描写されるので、彼女こそが禁忌の人々と誤解したまま、物語を鑑賞するように作ってあります。


ところで、少年の世界の人が自分の思想の正しさに拘り、重力が逆さに働く、実は本当は特に問題が無かった人々を罪人と決め付けてしまう部分に、確証バイアスの罪深さと言うか、自分たちの属する世界こそ正義だ、と思い込んでしまう愚かさ、を想いました。
良く指摘される事ですが、「人は自分こそが不正義だ、という認識に耐えることが出来ない。...そのために、罪を犯し、正しくない事をしていても、自分こそが正義だと思ってしまう。」という事実があります。
物語での少年の世界の人間も、その誤りにはまり込んでしまっていた訳です。実は過ちを犯したのは自分たちだったのに...。


その部分に、自己の考えを否定してみる事の難しさ、自己の誤りに気づく事の難しさを感じます。
ここで、日常で、普通に誤りに気付いているじゃん、簡単だよ、と言う人が現れるかもしれませんが、それは正しい事が多くの人の信じる事と偶然にも一致しているが故です。
実は正しい事が少数にしか認識されていないような内容*7については、正しい認識を得ることは非常に難しい、と私は思っています。


http://yomcka.hatenadiary.jp/entry/2014/06/27/091559 より。

「健常者が他人の助けを借りずに生活できているのは、多数派にあわせて設計された社会システムのおかげです。下支えするモノや制度、つまり依存先が多い。逆に障害者は、依存先が極端に限られている。本来、人は何かに依存しなければ生きられないのだから、自立は錯覚です。問題は依存先の数の差です。」*8

https://twitter.com/bigcamellia/status/480144331106308097

例えば、もしこの社会が、目の見えない人が多数派で、見える人が少数派だったら、見える人が障害者ということになると思います。その場合、苦労するのは少数派の見える人です。なぜなら社会システムが見えない人にとって過ごしやすいように作られるだろうと想像するからです。

http://yomcka.hatenadiary.jp/entry/2014/06/27/091559


実は、本来の自然な人であるパテマ。少年の真逆の世界で、どうでしたか? 物凄く苦労していませんでしたか?
多数の誤った常識に対して、本当の正しい意見を、少数の人が発するという事も同様です。

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*1:または反重力に

*2:物語で知り合う、少年少女は互いに逆に働きあう力を使うために、互いに抱き合うという行為を続けていき、それは認知の違いを理解し合うと同時に、どうやら互いの好意も育んでいったようだ。ここら辺はあまり強く描写されていなかったが...。

*3:労働者も、それと推測される描写はあるのだが、実際の労働は描かれないせいで、この世界がどういう状況で成り立っているのか不明で、非常に奇妙な感じだった。

*4:最初、事故死のように描写があるが、これは実は殺された、という事が判明する。まるで、ここら辺、小説「1984年」のようだ。監視カメラも沢山あるようだし。

*5:少年の世界で、空に向かって登っていくと、星に見える光がついた機械施設に到達する。ここは昼の時間には太陽のような光と熱を発する。つまりは人工の天井であり、少年の世界は実は人工世界、なんですね...。まあ、少女の世界も、その世界の地下部分にあるんですが。

*6:ここ、ちょっと描写を抑えているせいで真相には簡単に到達しないようになっています。

*7:例えば、法律の難しい条項についての理解とか。少数の障害者の持つ障害についての認識とか。

*8:ここの部分は twitter からの引用。