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映画「君が生きた証」(原題「RUDDERLESS」)を観て。

記事では、作品の性質上、解説で盛大にネタバレしています。
最初からそれを知って、この映画を観るのと、知らないで観るのでは、完全に意味が違ってしまいますので、作品鑑賞がまだの方は、以降解説を読まない方が良いです。
なお、先入観を持つと、この作品は台無しになるので、どういう作品かをあらかじめ知っていた場合には、そもそも観ない方が良いと思います。

この作品の原題は「RUDDERLESS」と言います。舵が無い、という意味です。船に舵が無いと、進路が定まりませんね。そういう意味から、指揮者が無い、という意味もあります。
邦題は「君が生きた証」ですね。これもこれで、良いタイトルだと思います。ただ、原題が持っている隠れた意味のイメージが無い分、ちょっときれい過ぎるかな。...隠れた意味については、後で触れます。


映画の最初の方、主人公は何やら仕事で成功を収めた様子。息子と食事を共にしようと、電話をかけ「学校をさぼれ」と言います。息子は、「断るという選択肢はないの?*1」と言いますが、結局は来ません。
すっぽかされた主人公は、食事をすませた後に息子の携帯に電話をし、「週末にでも会おう」と伝言を残します。が、レストランのテレビのニュース映像で、息子の通っていた学校で、銃の乱射事件があった事を知ります。
その後の描写で、その事件の死亡者に、息子が入っていたことを知ります。焦燥している主人公の周囲に近づいてくるマスコミ。ここら辺のマスコミの行動の厭らしさは、事件の当事者になると、多分、こういう感じで経験するのでしょうね。実際にはもっとえげつない気もするのですが、映画ではあまり描写は割かれません。


***   ***   ***


映画では、その後、二年の年月が経ちます。元の仕事を辞め、妻と離婚し、ヨットに住み、かなりお酒浸りの生活をしている様子。元妻との再会時に、息子の音楽関係の荷物を渡される主人公。元々、父親の影響から音楽を始めたらしい事も仄めかされ、主人公も音楽活動には結構親しみがある様子で、妻と会う前にも、色々なバンドが自分の演奏を披露するようなバーに居るシーン描写があったりします。
元妻から渡された荷物には、息子が作った曲の詩や、録音CDもありました。実は映画の冒頭のシーンでも、息子が演奏を録音しているシーンがあるんですね。
それを聞いて、主人公は人前で、その歌を歌う事を始めます。
演奏を終えて、帰路につこうとする主人公。ここに、聞いてたクエンティンが話しかけます。「物凄く良かった」と。
で、クエンティンは、渋る主人公を何とか説得して、一緒にやろうと持ちかけます。あまり乗り気ではない主人公なのですが、説得にほだされたか、息子と似た年恰好のクエンティンと歌を披露する事を始めます。
次第にバンドは軌道に乗りだし、ファンも出来て、メンバーも増え、評判になって行きます。クエンティンにも才能はあり、自作の歌を披露するようにもなって行きます。
主人公は嬉しそうな部分も見せるのですが、元々の息子の事件もあってか、派手に喜んでいる感じではない。とはいえ、クエンティンを息子のように扱う姿に、息子を失った悲しみが少し薄らいでいるのかな、と思える部分がありました。


***   ***   ***


さて、ここからが肝心の部分です。
元々が息子の歌なんですが、彼はメンバーにそれを言わない。言えないよなあ、と観客は思うのですが、ここにミスリードがあります。言えない理由は、もっと深い処にあったのです。
演奏を終えて、ファンに声をかけられ上機嫌の主人公に、とある女性*2が声を掛けます。
「今はロックスターなんだ。自分の曲じゃないのに。」声を掛けたのは、息子の葬式で紹介された、息子の恋人でした。事情を説明しようとして遮られ、バンドの仲間とのパーティでも、心ここにあらずの様な、鎮痛の表情の主人公。
さっきミスリードと書いたように、多分、観客は主人公がズルをしたせいだ、とか、息子の曲だとメンバーに打ち明けなかったせいだ、と思うんじゃないかと思うんです。でも、もっと深い処に、主人公が言えない理由がありました。


それは、この次のシーン、息子の誕生日、墓参りのシーンで判明します。息子の墓を見つめる主人公。しばらく経って、息子の墓が映るのですが、そこに書かれていたのは...。
お墓には「人殺し」とか、色々書かれていて、ひどい状態。そう、つまり息子は殺された被害者ではなく、銃を乱射して人を殺し、その後自殺した加害者その人、だったのですね。
ただ、殺人とは言っても、好んで人を殺したというよりは、精神的に追い詰められたとか、そういう感じのようだったのですけど。ここら辺の細かい描写はありません。ただ、曲の歌詞が、そんな感じです。


ここで、今までの謎の一部が判明します。
何故、父親が物凄く荒れてしまっているんだろう、とか。マスコミにやたらと追いかけられていたのだろうか、とか。
そして、ここで歌の作者を言えない理由も判明します。そして、多分、主人公が歌を派手に表に出すのには消極的だった理由も。一般的には、普通の客は殺人を犯した人の心情なんかを理解しようとはしないし、進んで聞こうとはしないでしょう。
ただ、主人公には理由がありました。彼は最後の方で語ったように、息子の生きた証を知りたかったし、クエンティンと一緒に歌っていると、息子が蘇ったように感じられていたのです。

(私の)息子の名前はジョシュ・マニング、
2年前に銃で6人を殺しました。
彼が書いた歌です。


ラストで、主人公はそう語って、歌い出します。眉をしかめる聴衆。しかし、歌い終わる頃、その人が涙する情景もありました。
歌は、彼の迷える魂をただ歌っていたのでした。とても静かに。
多分、この台詞と、その後の歌が、本当に主人公が表現したかった内容です。ただ、映画では肯定的に描かれていますが、総てが受け入れられるかというと簡単にはいかないし、妨害しようとする人も出ると思います。
犯罪者には人権が無い、とか考えてしまう人もいるでしょう*3。本当に普通の生活をし、普通に悩み、何らかのキッカケで大きな事件を起こしてしまった状態であっても、偏見なく相手を見ようとする人は、そうそう多くは無いと思います。
主人公は、父親であった事もあり、歌の内容を知って、何かを感じていたようです。ただ、最初から息子の殺人事件に言及せず、ただ歌を披露しようとしていた部分で、そこを告白する気後れは、かなり大きくあったのでは無いのでしょうか。
実際、私は犯罪に関する偏見がどれほど大きいかは良く知りません。ただ、冤罪であっても被疑者の段階で平気で解雇する会社*4とかありますし、偏見は弱いとは言えないと思います。
そういう部分で、映画は先入観なしに、息子の歌を聴き、その生きた証を追い求める父親の姿を描き出している事に成功していると思います。そして、観客はその情景の原因となった息子が、実は被害者ではなく加害者である事を知って、観客自身を騙していた壮大なトリックに気づく事になりますが。
ここで、怒っちゃう観客、どのくらい居るんでしょうかね。私は犯罪加害者の総てが忌むべきもの、とは考えていないせいか、結構素直に受け入れることが出来ましたが。そういう犯人も、居るでしょうね、と。
ここで、原題「RUDDERLESS」についても語っておきましょう。製作者がどれだけ意識しているのかは分かりませんが、この言葉、息子の迷いや、犯罪に至った際の行動のコントロールの喪失、などにも掛けている題だと思っています。ちなみに、ミスリードされている観客は、父親である主人公の事だと思っていたのではないですか*5
時に、人は舵が無い状態、指揮者が居ない状態に陥る。けど、人によってはそれは常時の状態であり、それが一時の人もいる、と。学生であった息子については、それが一時の感情であって、特に銃乱射による殺人と言う行為については、何かしらのサポートで防止できていた可能性もあったのではないかと思います。
ここら辺の描写は少ないのですが、歌の内容を聴いていて、また恋人だった女性の台詞などから、そんな感じに思っています*6


私の個人的な感情で言えば、勿論、犯罪に巻き込まれる事は嫌ですが、明確に犯罪的と言われる行動を示していたのであれば、それが明確に見える分だけ、それを避けることが出来るので、逆にそういう部分での怖さ、というのは無いですね。突発的な犯意であっても、明確に出れば、あまり怖くないです。
私が怖いとか、恐れを抱くのは、実際に犯罪的な行為をしながら、非合法的であっても合法を装って嘘をついたり、合法的な行動規範だと見せかけて、意識して犯罪的な行為をしている、一見普通に見える人ですね*7。コントロールを失って、突発的な犯罪しちゃう人ではないです*8
嘘をついたり、不正をしたりすれば、された私については嘘だと判明するので、実際の不正行為は見えるのですが、他の人や、組織にはなかなか犯罪的な行為をしている事は見抜くのが難しい。そういう部分で、合法的*9であっても、犯罪的な行為を行っている人は実在し、そういう人こそ、一般市民の陰に隠れていますが、警戒すべき人だと考えています。


さて、一時的に私の犯罪観を語ってしまいましたが、話題を元に戻すと、この映画は犯罪加害者である息子について、そこを上手く隠しつつ、加害者を被害者のイメージでミスリードし、実際の犯罪者や、その周囲の家族の気持ち、を描写してみる事に成功した映画だと思います。
そういう意味ではなかなか興味深い映画と言えるのではないですが。
実際、こういったトリックを使わないとなかなか考えてはくれないと思いますが、実際の犯罪加害者について、まさに「君が生きた証」について、考える機会を作ったのであれば、価値が高い作品なのではないかと思います。




冒頭、言及している通りに、盛大にネタバレしていますが。...以上、「君が生きた証」についての感想、でした。
http://d.hatena.ne.jp/luckdragon2009/files/%E5%90%9B%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E8%A8%BC00.jpg?d=.jpg  __  http://d.hatena.ne.jp/luckdragon2009/files/%E5%90%9B%E3%81%8C%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%81%9F%E8%A8%BC01.jpg?d=.jpg
息子の墓石  __  犠牲者のモニュメント*10


映画『君が生きた証』公式サイト

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*1:字幕は違うが、台詞はそう言ってます。

*2:ここ演出で、最初は彼女の姿がはっきり見えないようになってます。それ故に、会話の展開と画面の両方で、観客は誰かを知るのですが。

*3:私は犯罪を犯した人であっても、人は多様であり、簡単に事情を知らずにして決めつける事は出来ないと思っていますが、事件が起こると、安易にコメントする人は非常に多いですよね。ちなみに、事件に対する公表情報って、一般的に警察発表内容であり、加害者側の提供情報なんて、多くの場合、ないですけどね。特殊な例外を除いては。 そういう場合に、一般的に犯罪者自身の情報って、偏りなく知るすべなんて皆無だと思っていますけど。 勿論、犯罪者が普通の人と変わりがないかと思っているとなると、そうでは無く、犯罪に至ってしまった部分では、やはり心理的には普通の状態ではないと思いはします。ただ、その後の行動や、それに至るまでの行動が、総て異常な状態にあったかというと、そうとは言えないのではないか、と私は思っています。...まあ、中には、元から極悪な酷い人もいるでしょうけど。

*4:公務員だと扱いは違い、被疑者段階での免職にはしないようです。ただ、罪が晴れても、厚生労働省の村木次官みたいな場合はともかく、偏見なく復職を歓迎するとまでは行かないように感じていますが。

*5:そっちの意味も当然あるんですけど、これは息子自身にも掛けている意味と、私は見ました。

*6:ただ、一時的なコントロールの喪失であっても、実際に複数人数の殺人ともなると、日本ですと死刑の裁可が下る可能性もありますし、更生は難しいとは思いますが。アメリカだと、どんな感じなのでしょうね。殺人を起こす前の段階で防止しないと、更生は無理かな...。

*7:組織犯罪とか、(派遣など弱者への)イジメ行為とか、パワハラ、セクハラ、DVとか。こういう行動って突発性じゃなく、習慣的なんですよね。舵を失う様な、「指揮の無い状態」ではない。

*8:そういう犯罪って、被害も案外小さいですし。計画的な犯罪の方が怖い。常態ですし...。

*9:一部には明らかに違法な行為をしている人もいます。明確に立件できる状態に持っていくのはなかなか厳しいのが、私が怒りを抱いている源泉です。他人を困窮状態に追い込んだり、自殺に追い込んだりしている人が、実在します。

*10:既に両方とも死んでいるのに、扱いの対比が...。