luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

判例分析 親子関係不存在確認請求事件の反対意見は、外観説の否定ではない。

先日紹介した、「平成24(受)1402 親子関係不存在確認請求事件 最高裁判所第一小法廷 平成26年7月17日判決」を読んでいると、二件の反対意見に気が付く。
しかし、反対意見が判決を全面的に否定するものである、という訳ではない。
実際に読み込んでみると、二つの反対意見は外観説*1を保持したうえで、それを失うと、法益上問題がある、としたうえで、外観説ではなく、血縁説を取りうる余地があるのではないか、と主張している。
裁判官金築誠志の反対意見(一部)。

私は,科学的証拠により生物学上の父子関係が否定された場合は,それだけで親子関係不存在確認の訴えを認めてよいとするものではなく,本件のように,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,生物学上の父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという要件を満たす場合に,これを認めようとするものである。嫡出推定・否認制度による父子関係の確定の機能はその分後退することにはなるが,同制度の立法趣旨に実質的に反しない場合に限って例外を認めようというものであって,これにより同制度が空洞化するわけではない。形式的には嫡出推定が及ぶ場合について,実質的な観点を導入することにより,嫡出否認制度の例外を認めるという点では,外観説と異なるものではない。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/337/084337_hanrei.pdf

裁判官白木勇の反対意見(一部)。

民法の規定する嫡出推定の制度ないし仕組みと,真実の父子の血縁関係を戸籍にも反映させたいと願う人情とを適切に調和させることが必要になると考える。その実現は,立法的な手当に待つことが望ましいことはいうまでもないが,日々生起する新たな事態に対処するためには,さしあたって個々の事案ごとに適切妥当な解決策を見出していくことの必要性も否定できないところである。本件においては,夫婦関係が破綻して子の出生の秘密が露わになっており,かつ,血縁関係のある父との間で法律上の親子関係を確保できる状況にあるという点を重視して,子からする親子関係不存在確認の訴えを認めるのが相当であると考えるものである。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/337/084337_hanrei.pdf

これは今後の判決の変化があっても、あくまで「外観説を踏まえたうえで、血縁関係の判定の結果を親子関係の変更に使用する」という方針自体は固持している、という事を示している。
血縁説のみを採用してしまうと、親子関係は DNA判定によって、何時でも変更が加えられる可能性がある*2、という事態を招く。血縁と言うものが、親子関係に関して重要なのは言うまでもないが、親子の関係が安定的であって、社会生活上問題が無い際に、それへの疑いを持ち出すのは、社会的な影響を考えると適切ではない、と考えられるからであろう。
DNA 判定は、親子関係の問題発生時の解決手段であって、何もない状態への疑念発生の手段ではないのだ、という考察が、そこに読み取れる。
こういった思想は、時に非科学的と思われるかもしれないが、社会生活の総てが科学で割り切れる訳ではない人間の社会生活の思想を、法が担っている事を考えれば、こういう事実もあるのだということが、理解いただけるのではないかと思う。

*1:外観説って、何ですか、と思う向きには、判決文を読んでもらうのが良いと思う。判決文の中で、外観説の運用について触れている。→判例掲載、平成24(受)1402 親子関係不存在確認請求事件 最高裁判所第一小法廷 平成26年7月17日判決 - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック

*2:例えば、親の死後でも。安定した親子関係がある際にも、何らかの思惑によって、親子関係不存在の訴えが起こされる可能性が生じる。