昭和61(オ)260 昭和62年9月2日 最高裁判所大法廷 判決文 より、概要。
事件番号 | 昭和61(オ)260 |
事件名 | 離婚 |
裁判年月日 | 昭和62年9月2日 |
法廷名 | 最高裁判所大法廷 |
裁判種別 | 判決 |
結果 | 破棄差戻 |
判例集等巻・号・頁 | 民集 第41巻6号1423頁 |
原審裁判所名 | 東京高等裁判所 |
原審事件番号 | 昭和60(ネ)1813 |
原審裁判年月日 | 昭和60年12月19日 |
判示事項 | |
一 長期間の別居と有責配偶者からの離婚請求 | |
二 有責配偶者からの離婚請求が長期間の別居等を理由として認容すべきであるとされた事例 | |
裁判要旨 | |
一 有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦がその年齢及び同居期間と対比して相当の長期間別居し、その間に未成熟子がいない場合には、相手方配偶者が離婚によつて精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情のない限り、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできない。 | |
二 有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦が三六年間別居し、その間に未成熟子がいないときには、相手方配偶者が離婚によつて精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情のない限り、認容すべきである。 | |
(一につき補足意見、一、二につき意見がある。) | |
参照法条 | |
民法1条2項,民法770条 |
以下に、判決文を載せておきます*1。
他の事例の離婚訴訟判決文も読んでみたのですが、離婚は訴訟になると格段に難易度が増す印象があります。いわゆる調停離婚しか知らなかったので、ここまでの難関だったのか、と少々驚いています。
婚姻破たん状態になっても、相手の気持ちを無視して、婚姻を継続しようとする気持ちは、私には良く分かりませんが、そういう事例もあるのでしょうね。
主 文
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/213/055213_hanrei.pdf
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人菊地一夫の上告理由について
所論は、要するに、上告人と被上告人との婚姻関係は破綻し、しかも、両者は共同生活を営む意思を欠いたまま三五年余の長期にわたり別居を継続し、年齢も既に七〇歳に達するに至つたものであり、また、上告人は別居に当たつて当時有していた財産の全部を被上告人に給付したのであるから、上告人は被上告人に対し、民法七七〇条一項五号に基づき離婚を請求しうるものというべきところ、原判決は右請求を排斥しているから、原判決には法令の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。
一1 民法七七〇条は、裁判上の離婚原因を制限的に列挙していた旧民法(昭和二二年法律第二二二号による改正前の明治三一年法律第九号。以下同じ。)八一三条を全面的に改め、一項一号ないし四号において主な離婚原因を具体的に示すとともに、五号において「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」との抽象的な事由を掲げたことにより、同項の規定全体としては、離婚原因を相対化したものということができる。また、右七七〇条は、法定の離婚原因がある場合でも離婚の訴えを提起することができない事由を定めていた旧民法八一四条ないし八一七条の規定の趣旨の一部を取り入れて、二項において、一項一号ないし四号に基づく離婚請求については右各号所定の事由が認められる場合であつても二項の要件が充足されるときは右請求を棄却することができるとしているにもかかわらず、一項五号に基づく請求についてはかかる制限は及ばないものとしており、二項のほかには、離婚原因に該当する事由があつても離婚請求を排斥することができる場合を具体的に定める規定はない。以上のような民法七七〇条の立法経緯及び規定の文言からみる限り、同条一項五号は、夫婦が婚姻の目的である共同生活を達成しえなくなり、その回復の見込みがなくなつた場合には、夫婦の一方は他方に対し訴えにより離婚を請求することができる旨を定めたものと解されるのであつて、同号所定の事由(以下「五号所定の事由」という。)につき責任のある一方の当事者からの離婚請求を許容すべきでないという趣旨までを読みとることはできない。
他方、我が国においては、離婚につき夫婦の意思を尊重する立場から、協議離婚(民法七六三条)、調停離婚(家事審判法一七条)及び審判離婚(同法二四条一項)の制度を設けるとともに、相手方配偶者が離婚に同意しない場合について裁判上の離婚の制度を設け、前示のように離婚原因を法定し、これが存在すると認められる場合には、夫婦の一方は他方に対して裁判により離婚を求めうることとしている。
このような裁判離婚制度の下において五号所定の事由があるときは当該離婚請求が常に許容されるべきものとすれば、自らその原因となるべき事実を作出した者がそれを自己に有利に利用することを裁判所に承認させ、相手方配偶者の離婚についての意思を全く封ずることとなり、ついには裁判離婚制度を否定するような結果をも招来しかねないのであつて、右のような結果をもたらす離婚請求が許容されるべきでないことはいうまでもない。
2 思うに、婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもつて共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至つた場合には、当該婚姻は、もはや社会生活上の実質的基礎を失つているものというべきであり、かかる状態においてなお戸籍上だけの婚姻を存続させることは、かえつて不自然であるということができよう。しかしながら、離婚は社会的・法的秩序としての婚姻を廃絶するものであるから、離婚請求は、正義・公平の観念、社会的倫理観に反するものであつてはならないことは当然であつて、この意味で離婚請求は、身分法をも包含する民法全体の指導理念たる信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものといわなければならない。
3 そこで、五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合において、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断するに当たつては、有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが、相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合つて変容し、また、これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、時の経過がこれらの諸事情に与える影響も考慮されなければならないのである。
そうであつてみれば、有責配偶者からされた離婚請求であつても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできないものと解するのが相当である。けだし、右のような場合には、もはや五号所定の事由に係る責任、相手方配偶者の離婚による精神的・社会的状態等は殊更に重視されるべきものでなく、また、相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は、本来、離婚と同時又は離婚後において請求することが認められている財産分与又は慰藉料により解決されるべきものであるからである。
4 以上説示するところに従い、最高裁昭和二四年(オ)第一八七号同二七年二月一九日第三小法廷判決・民集六巻二号一一〇頁、昭和二九年(オ)第一一六号同年一一月五日第二小法廷判決・民集八巻一一号二〇二三頁、昭和二七年(オ)第一九六号同二九年一二月一四日第三小法廷判決・民集八巻一二号二一四三頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は、いずれも変更すべきものである。
二 ところで、本件について原審が認定した上告人と被上告人との婚姻の経緯等に関する事実の概要は、次のとおりである。
(一) 上告人と被上告人とは、昭和一二年二月一日婚姻届をして夫婦となつたが、子が生まれなかつたため、同二三年一二月八日訴外Dの長女E及び二女Fと養子縁組をした。(二) 上告人と被上告人とは、当初は平穏な婚姻関係を続けていたが、被上告人が昭和二四年ころ上告人とDとの間に継続していた不貞な関係を知つたのを契機として不和となり、同年八月ころ上告人がDと同棲するようになり、以来今日まで別居の状態にある。なお、上告人は、同二九年九月七日、Dとの間にもうけたG(同二五年一月七日生)及びH(同二七年一二月三〇日生)の認知をした。(三) 被上告人は、上告人との別居後生活に窮したため、昭和二五年二月、かねて上告人から生活費を保障する趣旨で処分権が与えられていた上告人名義の建物を二四万円で他に売却し、その代金を生活費に当てたことがあるが、そのほかには上告人から生活費等の交付を一切受けていない。(四) 被上告人は、右建物の売却後は実兄の家の一部屋を借りて住み、人形製作等の技術を身につけ、昭和五三年ころまで人形店に勤務するなどして生活を立てていたが、現在は無職で資産をもたない。
(五) 上告人は、精密測定機器の製造等を目的とする二つの会社の代表取締役、不動産の賃貸等を目的とする会社の取締役をしており、経済的には極めて安定した生活を送つている。(六) 上告人は、昭和二六年ころ東京地方裁判所に対し被上告人との離婚を求める訴えを提起したが、同裁判所は、同二九年二月一六日、上告人と被上告人との婚姻関係が破綻するに至つたのは上告人がDと不貞な関係にあつたこと及び被上告人を悪意で遺棄してDと同棲生活を継続していることに原因があるから、右離婚請求は有責配偶者からの請求に該当するとして、これを棄却する旨の判決をし、この判決は同年三月確定した。(七) 上告人は、昭和五八年一二月ころ被上告人を突然訪ね、離婚並びにE及びFとの離縁に同意するよう求めたが、被上告人に拒絶されたので、同五九年東京家庭裁判所に対し被上告人との離婚を求める旨の調停の申立をし、これが成立しなかつたので、本件訴えを提起した。なお、上告人は、右調停において、被上告人に対し、財産上の給付として現金一〇〇万円と油絵一枚を提供することを提案したが、被上告人はこれを受けいれなかつた。
三 前記一において説示したところに従い、右二の事実関係の下において、本訴請求につき考えるに、上告人と被上告人との婚姻については五号所定の事由があり、上告人は有責配偶者というべきであるが、上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論の終結時まででも約三六年に及び、同居期間や双方の年齢と対比するまでもなく相当の長期間であり、しかも、両者の間には未成熟の子がいないのであるから、本訴請求は、前示のような特段の事情がない限り、これを認容すべきものである。
したがつて、右特段の事情の有無について審理判断することなく、上告人の本訴請求を排斥した原判決には民法一条二項、七七〇条一項五号の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、この違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この趣旨の違法をいうものとして論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、右特段の事情の有無につき更に審理を尽くす必要があるうえ、被上告人の申立いかんによつては離婚に伴う財産上の給付の点についても審理判断を加え、その解決をも図るのが相当であるから、本件を原審に差し戻すこととする。
よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官角田禮次郎、同林藤之輔の補足意見、裁判官佐藤哲郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
裁判官角田禮次郎、同林藤之輔の補足意見は、次のとおりである。
我々は、多数意見とその見解を一にするものであるが、離婚給付について、若干の意見を補足しておくこととしたい。
多数意見は、民法七七〇条一項五号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある有責配偶者からされた場合に、当該請求が信義誠実の原則に照らして許されるものであるかどうかを判断する一つの事情として、離婚を認めた場合における相手方配偶者の経済的状態が斟酌されなければならないとし、相手方配偶者が離婚により被る経済的不利益は、離婚と同時又は離婚後において請求することが認められている財産分与又は慰藉料により解決されるべきものであるとしている。
しかし、右の経済的不利益の問題について、これを相手方配偶者の主導によつて解決しようとしても、相手方配偶者が反訴により慰藉料の支払を求めることをせず、また人事訴訟手続法(以下「人訴法」という。)一五条一項による財産分与の附帯申立もしない場合には、離婚と同時には解決されず、あるいは、経済的問題が未解決のため離婚請求を排斥せざるをえないおそれが生ずる。一方、経済的不利益の解決を相手方配偶者による離婚後における財産分与等の請求に期待して、その解決をしないまま離婚請求を認容した場合においては、相手方配偶者に対し、財産分与等の請求に要する時間・費用等につき更に不利益を加重することとなるのみならず、
経済的給付を受けるに至るまでの間精神的不安を助長し、経済的に困窮に陥れるなど極めて苛酷な状態におくおそれがあり、しかも右請求の受訴裁判所は、前に離婚請求を認容した裁判所と異なることが通常であろうから、相手方配偶者にとつて経済的不利益が十全に解決される保障がないなど相手方配偶者に対する経済的配慮に欠ける事態の生ずることも予測される。したがつて、相手方配偶者の経済的不利益の解決を実質的に確保するためには、更に検討を加えることが必要である。
そこで、財産分与に関する民法七六八条の規定をみると、同条は、離婚をした者の一方は相手方に対し財産分与の請求ができ、当事者間における財産分与の協議が不調・不能なときは当事者は家庭裁判所に対して右の協議に代わる処分を請求することができる旨を規定しているだけであつて、右規定の文言からは、協議に代わる処分を請求する者は財産分与を請求する者に限る趣旨であるとは認められない。また、人訴法一五条一項に定める離婚訴訟に附帯してする財産分与の申立は、訴訟事件における請求の趣旨のように、分与の額及び方法を特定してすることを要するものではなく、単に抽象的に財産分与の申立をすれば足り(最高裁昭和三九年(オ)第五三九号同四一年七月一五日第二小法廷判決・民集二〇巻六号一一九七頁参照)、裁判所に対しその具体的内容の形成を要求すること、いいかえれば裁判所の形成権限の発動を求めるにすぎないのであつて、通常の民事訴訟におけるような私法上の形成権ないし具体的な権利主張を意味するものではないのであるから、財産分与をする者に対して、その具体的内容は挙げて裁判所の裁量に委ねる趣旨でする申立を許したとしても、財産分与を請求する側において何ら支障がないはずである。更に実質的にみても、財産分与についての協議が不調・不能な場合には、財産分与を請求する者だけではなく、財産分与をする者のなかにも一日も早く協議を成立させて婚姻関係を清算したいと考える者のあることも当然のことであろうから、財産分与について協議が不調・不能の場合における協議に代わる処分の申立は財産分与をする者においてもこれをすることができると解するのが相当というべきである。
以上のような見地から、我々は、人訴法一五条一項による財産分与の附帯申立は離婚請求をする者においてもすることができると考える。そしてこのように解すると、有責配偶者から離婚の訴えが提起され、相手方配偶者の経済的不利益を解決しさえすれば請求を許容しうる場合において、相手方配偶者が、たとえば意地・面子・報復感情等のために、慰藉料請求の反訴又は人訴法一五条一項による財産分与の附帯申立をしようとしないときは、有責配偶者にも財産分与の附帯申立をすることを認め、離婚判決と同一の主文中で相手方配偶者に対する財産分与としての給付を命ずることができることになり、相手方配偶者の経済的不利益の問題は常に当該裁判の中において離婚を認めるかどうかの判断との関連において解決され、さきに我々が憂慮した相手方配偶者の経済的不利益の問題の解決を全うすることができることになるのではないかと思うのである。
裁判官佐藤哲郎の意見は、次のとおりである。
私は、多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る説示には同調することができない。
一 民法七七〇条一項五号は、同条の規定の文言及び体裁、我が国の離婚制度、離婚の本質などに照らすと、同号所定の事由につき専ら又は主として責任のある一方の当事者からされた離婚請求を原則として許さないことを規定するものと解するのが相当である。
同条一項一号から四号までは、相手方配偶者に右各号の事由のある場合に、離婚請求権があることを規定しているところ、同項五号は、一号から四号までの規定を受けて抽象的離婚事由を定め、右各号の事由を相対化したものということができるから、五号の事由による離婚請求においても、一号から四号までの事由による場合と同様、右事由の発生について相手方配偶者に責任あるいは原因のある場合に離婚請求権があることを規定しているものと解するのが相当である。法律が離婚原因を定めている目的は、一定の事由の存在するときに夫婦の一方が相手方配偶者に対して離婚請求をすることを許すことにあるが、他方、相手方配偶者にとつては一定の事由のない限り自己の意思に反して離婚を強要されないことを保障することにもあるといわなければならない。我が国の裁判離婚制度の下において離婚原因の発生につき責任のある配偶者からされた離婚請求を許容するとすれば、自ら離婚原因を作出した者に対して右事由をもつて離婚を請求しうる自由を容認することになり、同時に相手方から配偶者としての地位に対する保障を奪うこととなるが、このような結果を承認することは離婚原因を法定した趣旨を没却し、裁判離婚制度そのものを否定することに等しい。また、裁判離婚について破綻の要件を満たせば足りるとの考えを採るとすれば、自由離婚、単意離婚を承認することに帰し、我が国において採用する協議離婚の制度とも矛盾し、ひいては離婚請求の許否を裁判所に委ねることとも相容れないことになる。法は、社会の最小限度の要求に応える規範であつてもとより倫理とは異なるものであるが、正義衡平、社会的倫理、条理を内包するものであるから、法の解釈も、右のような理念に則してなされなければならないこと勿論であつて、したがつて信義に背馳するような離婚請求の許されないことはすべからく法の要求するところというべきであり、離婚請求の許否を法的統制に委ねた以上、裁判所に対して右の理念によつてその許否の判定をするよう要求することもまた当然といわなければならない。右のような見地からすれば、民法七七〇条一項五号は、離婚原因を作出した者からの離婚請求を許さない制約を負うものというべきである。
実質的にみても、婚姻は道義を基調とした社会的・法的秩序であるから、これを廃絶する離婚も、道義、社会的規範に照らして正当なものでなければならず、人間としての尊厳を損い、両性の平等に悖るものであつてはならないというべきである。
また、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立するものであることからすると、それを廃絶する離婚についても基本的には両性の合意を要求することができるから、夫婦の一方が婚姻継続の意思を喪失したからといつて、相手方配偶者の意思を無視して常に当該婚姻が解消されるということにはならないこともいうまでもない。そして、離婚が請求者にとつても相手方配偶者にとつても婚姻を廃絶すると同時に新たな法的・社会的秩序を確立することにあることからすると、相手方配偶者の地位を婚姻時に比べて精神面においても、社会・経済面においても劣悪にするものであつてはならないが、厳格な離婚制度の下においては離婚給付の充実が図られるものの、反対に、安易に離婚を承認する制度の下においては相手方配偶者の経済的・社会的保障に欠けることになるおそれがあることにも思いを致さなければならない。有責配偶者からの離婚請求を認めることは、その者の一方的意思によつて背徳から精神的解放を許すのみならず、相手方配偶者に対する経済的・社会的責務をも免れさせることになりかねないことをも考慮しなければならないであろう。
そもそも、離婚法の解釈運用においては、その国の社会制度、殊に家族制度、経済体制、法制度、宗教、風土あるいは国民性などを無視することができないが、吾人の道徳観や法感情は、果たして自ら離婚原因を作出した者に寛容であろうか、疑問なしとしない。
以上の次第で、私は、婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につき専ら又は主として原因を与えた当事者は原則として自ら離婚請求をすることができないとの立場を維持したいと考える。
二 しかし、有責配偶者からの離婚請求がすべて許されないとすることも行き過ぎである。有責配偶者からされた離婚請求の拒絶がかえつて反倫理的であり、身分法秩序を歪める場合もありうるのであり、このような場合にもこれを許さないとするのはこれまた法の容認するところでないといわなければならない。
有責配偶者からされた離婚請求であつても、有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたような場合、相手方配偶者側の行為によつて誘発された場合、相手方配偶者に離婚意恩がある場合は、もとより許容されるが、更に、有責配偶者が相手方及び子に対して精神的、経済的、社会的に相応の償いをし、又は相応の制裁を受容しているのに、相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶し、又はそのような意思があるものとみなしうる場合など離婚請求を容認しないことが諸般の事情に照らしてかえつて社会的秩序を歪め、著しく正義衡平、社会的倫理に反する特段の事情のある場合には、有責配偶者の過去の責任が阻却され、当該離婚請求を許容するのが相当
であると考える。
三 以上のとおり、私は、有責配偶者からされた離婚請求が原則として許されないとする当審の判例の原則的立場を変更する必要を認めないが、特段の事情のある場合には有責配偶者の責任が阻却されて離婚請求が許容される場合がありうると考える。そして、本件においては、被上告人の離婚拒絶についての真意を探求するとともに、右阻却事由の存否について審理を尽くさせるために、本件を原審に差し戻すのを相当とする。
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 矢 口 洪 一
裁判官 伊 藤 正 己
裁判官 牧 圭 次
裁判官 安 岡 滿 彦
裁判官 角 田 禮 次 郎
裁判官 島 谷 六 郎
裁判官 長 島 敦
裁判官 高 島 益 郎
裁判官 藤 島 昭
裁判官 大 内 恒 夫..
裁判官 香 川 保 一
裁判官 坂 上 壽 夫
裁判官 佐 藤 哲 郎
裁判官 四 ツ 谷 巖
裁判官林藤之輔は、死亡につき署名押印することができない。
裁判長裁判官 矢 口 洪 一
*1:いつものごとく、私が改行など若干の整形をしてあります。