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平21.9.4判決 福島地裁郡山支部「ダイビングツアー中に溺死した客に対して、安全配慮義務違反を否定した判決」

今日は、判決文の提示です。ダイビングツアーでは、開催会社の責任が問われることが多いですが、責任否定された事例です。それなりに分かりやすい判決文のように思います。
勉強になると思いますので、読んでみてください。判決文をあまり読んだことのない人は、独特の言い回しに戸惑うかもしれませんね。その際には法学部の方とか、法曹の知り合い*1とか居れば聞いてみてください。


事件情報: 平21.9.4判決 福島地裁郡山支部 平19(ワ)第322号
平成19(ワ)322 損害賠償請求事件 平成21年9月4日 福島地方裁判所 郡山支部 合議係 より。

判示事項の要旨

 ダイビングツアーで死亡した妻の夫が,そのツアーを企画・主催した会社とそのガイドを務めた従業員に対し,不法行為又は債務不履行に基づいて求めた損害賠償が認められなかった事例

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=38417

平21.9.4判決 福島地裁郡山支部 平19(ワ)第322号(PDF) より、全文。

主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1請求
1主位的請求
被告らは,原告に対し,連帯して5812万7154円及びこれに対する平成16年9月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2予備的請求
被告甲は,原告に対し,5812万7154円及びこれに対する平成19年9月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告の妻亡丙が,被告甲企画・主催に係るスクーバ・ダイビング(以下単に「ダイビング」という。)のツアー(以下「本件ツアー」という。)に参加した際,被告甲の従業員である被告乙がガイドを務めたダイビングにおいてでき死した事故(以下「本件事故」という。)について,亡丙の相続人である原告が,被告乙に対しては,亡丙がおぼれるのを防ぐ義務を怠った過失があるとして,不法行為に基づき,また,被告甲に対しては,被告乙の不法行為に係る事業の執行者としての使用者責任(主位的請求)又は安全配慮義務違反を理由とする債務不履行責任(予備的請求)に基づき,亡丙の死亡に係る損害賠償請求権のうち原告の相続分及び原告固有の損害についての損害賠償の各請求として合計5812万7154円及びこれに対する平成16年9月12日(本件事故の日。ただし被告甲に対する予備的請求については,訴状送達の日の翌日である平成19年9月9日。)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1前提事実等
(1)当事者
ア原告は,亡丙の夫である。(甲1,甲3)
イ被告甲は,ダイビングに係る用具・用品の製造,販売,ダイビングの指導教室の経営等を目的とする会社であり,福島県e市等に店舗を開設するとともに,ダイビング・ツアーの企画・主催も行っていた。被告乙は,被告甲の従業員であり,同市所在の店舗に勤務していた。(甲5,甲6)
(2)本件ツアー及び本件ダイビングの概要
被告甲は,平成16年(以下「平成16年」の表記を省略する。)9月10日から同月12日までの静岡県沼津市f地域のダイビングを行う本件ツアーを企画・主催し,被告乙ほか2名がスタッフとして本件ツアーに同行した。
亡丙は,所定の参加料を支払って被告甲との間で契約を締結し,本件ツアーに参加していた。同月12日午前に実施されたダイビング(以下「本件ダイビング」という。)は,ファンダイビング(資格認定を目的とするような講習ではなく,ダイビングを楽しむことのみを目的としたもの。)であって,被告乙が亡丙ら参加者5名のガイドを務め,亡丙はaらとバディ(ダイビングにおいて常に複数名が同一行動をとり,相互に安全確保を図る組)を組み,fの岬先端付近で実施されたものである。(甲7の5,甲32,乙1)
(3)本件事故の経過
ア被告乙,亡丙らは,9月12日午前9時6分にエントリー(海に入ること)を開始した。しかしながら,亡丙は,岸からの直線距離約10メートル,水深5メートルの付近で,耳抜き(鼓膜の内外の圧力を等しくするために鼻をつまんで耳から空気を出す動作)が困難になった仕草を見せた。
そこで,被告乙は,亡丙及びaに対し,共に岸に戻るように指示する一方,両名と離れ,他の参加者と共に予定のコースを潜行した。亡丙は,いったん水面まで浮上したが,沈降してしまい,その後の捜索により,午前9時30分ころ,発見されて引き上げられたものの,午前11時6分に搬送先の病院において死亡が確認され,死因はでき水と判定された。(甲2,甲25,甲32,乙1)
イなお,亡丙は,本件事故当時,BCDジャケット(ベストタイプの浮袋に空気を出し入れして,水中での浮力を調整する器具であり,BCジャケットともいう。)を着用しており,同ジャケットのパワーインフレーターのインフレーションボタン(給気ボタン)を押してエアータンク内の高圧空気を給気して浮力を確保することができたはずであったが,亡丙はこの措置を採らなかった。また,亡丙は,沈降する直前,レギュレーターを口から離していた。(甲18,甲21,乙11,乙12)
(4)亡丙の技量及び経験等
亡丙は,6月ころに,被告甲でダイビングの講習を申し込み,そのころからダイビングを始め,被告甲企画・主催に係るダイビング・ツアーに参加するなどしており,7月18日には,PADI(ダイバー教育機関の一つ)のオープン・ウォーターの講習修了の認定を受け,本件事故の前日までのダイビングの経験本数は18本であり,同日夜にナイトダイビングを経験したことにより,アドヴァンスド・オープン・ウォーターの講習修了認定のために必要な講習も終えていた。(甲14,甲15,甲34,乙14,乙20)
(5)亡丙の収入等
亡丙の平成15年分の給与収入は414万7700円であった。(甲20)
亡丙の法定相続人は,原告及び亡丙の両親である。(甲1,甲3,甲4)
2争点
(1)被告乙に要求される注意義務の内容及びその義務履行の有無
(2)被告甲に要求される安全配慮義務の内容及びその義務履行の有無
(3)被告乙の注意義務違反又は被告甲の安全配慮義務違反と亡丙の死亡との因果関係の有無
(4)過失相殺の成否
(5)損害賠償額
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(被告乙に要求される注意義務の内容及びその義務履行の有無)
(原告の主張)
(1)亡丙は,初心者の域を出ていなかったところ,本件ダイビング中,耳抜きができず,鼓膜の損傷のおそれ等のある異常な事態に陥っていた。
(2)被告乙は,本件ダイビング中,亡丙ら参加者の動向を常に監視する義務を負っていた。そして,被告乙は,亡丙が耳抜きができないことを認識した時点で,鼓膜の損傷等の重大な事故につながりかねないことを予見し,①他の参加者と共に潜水を続けられる状態になるまで亡丙に付き添うか,又は,②亡丙及び他の参加者と全員で浮上して,前記第2の1(3)イ記載のとおり浮力を確保し,若しくは亡丙自身が独力で浮力を確保することができるのであれば,それを確認することにより,亡丙が沈降しないようにすべき注意義務があった。
しかしながら,被告乙は,これらの注意義務に違反した。
(被告乙の主張)
(1)亡丙は,前記第2の1(4)記載のとおりのダイビングの技量及び経験を有しており,受けたトレーニングと経験の範囲の中で監督者なしでダイビングをすることができるなど,十分な経験を有していた。また,亡丙が耳抜きをすることができなかったのも,特段異常な事態ではなく,前記第2の1(3)イ記載のとおり,容易に浮力を確保することができ,浮上さえすれば特段危険はないものであった。
(2)本件ダイビングはファンダイビングであり,被告乙はガイドにすぎない。
また,亡丙とaとのバディシステムが機能していたのであるから,被告乙は,ガイドとして,気象条件やコースの危険性に配慮する義務を負うが,参加者の動向を監視する義務や,亡丙に付き添って浮上したり,②参加者全員で浮上する,という義務を負うものではない。
2争点2(被告甲に要求される安全配慮義務の内容及びその義務履行の有無)
(原告の主張)
被告甲は,以下のとおり,亡丙に対し,本件ツアーの企画・主催者として,旅行契約上の安全配慮義務を負っていたのに,これらに違背した。
①被告甲は,ダイビングを実施するには十分余裕のあるツアー計画を立てておくべきであるのに,本件ツアーでは車中泊をするような窮屈な計画を立てた。
②被告甲は,参加者の能力,経験等を把握した上,当該参加者にとって無理のない難易度の場所を選定した計画を立てておくべきであるのに,本件ダイビングにおいて,亡丙にとって難易度が高く危険な場所を選定した。
③被告甲は,亡丙ら参加者5名に対し,その安全を図るため必要な能力を有するインストラクターを必要な人数つけるべきであったのに,被告乙以外にはインストラクターをつけておらず,必要な人数に足りなかった。
④被告甲は,参加者各自の能力,経験等を考慮して適切なバディの組合せをすべきであるのに,過去に耳抜きのトラブルがあった亡丙について,異常事態が生じた場合に適切に対処することができるバディを組み合わせなかった。
(被告甲の主張)
原告の主張のうち,被告甲が本件ツアーの企画・主催者として旅行契約上一般的な安全配慮義務を負うことまでは認めるが,亡丙の能力,経験に加え,本件ダイビングがファンダイビングであることなどからしても,原告の主張①から④までについては,以下のとおり争う。
①本件ツアーでは,9月10日に車中泊をしているが,翌朝現地に到着後休憩をし,同月11日も宿泊をしているので,無理なスケジュールではない。
体調管理及び体調不良時のリスク管理は自己の責任の下で行うものである。
②本件事故現場は,上級者向けのところではない。
③本件ツアーの参加者にトラブルが発生した場合には,自己責任あるいはバディシステムにより適切な措置が採られるべきものである。参加者5名にガイド役として被告乙1名がついたことに何ら問題はない。
④亡丙とバディを組んだaは参加者5名の中で最も経験があり,バディの組合せに問題はなかった。
3争点3(被告乙の注意義務違反又は被告甲の安全配慮義務違反と亡丙の死亡との因果関係の有無)
(原告の主張)
被告乙が前記1の原告主張に係る義務を尽くし,又は被告甲が前記2の原告主張に係る義務を尽くしていれば,亡丙ができ死することはなかったから,被告乙の注意義務違反及び被告甲の安全配慮義務違反と亡丙の死亡との各因果関係がいずれも認められる。
(被告らの主張)
亡丙は,前記第2の1(3)イ記載のとおり,容易に浮力を確保することができ,天候及び海洋条件からしても特段危険はなかったのに,このような措置を採らなかった。亡丙は,漏斗胸により発作を起こし,自ら浮力を確保する操作を行うことができず,沈降してしまったと考えられる。したがって,被告らに注意義務違反又は安全配慮義務違反があったとしても,亡丙の死亡との間に因果関係がない。
(原告の反論)
亡丙は漏斗胸の診断は受けていたが,心肺機能には一切問題がなかった。
4争点4(過失相殺の成否)
(被告らの主張)
亡丙は,水面に浮上したにもかかわらず,前記第2の1(3)イ記載の方法による浮力の確保をせず,レギュレーターを口から離すという危険な行為に及んで沈降したものであって,何らかの体調異常を来していた可能性が高い。亡丙は,体調に異常を来していれば,ダイビングをやめることもできた。亡丙は,最低限の自己防衛機能を有する行為すら行っていなかったのである。被告らに責任が認められたとしても,損害賠償金額の算定に当たっては,亡丙の前記の過失を考慮すべきである。
(原告の主張)
本件においては過失相殺すべき事由はない。亡丙の体調不良をうかがわせる事実はない。亡丙が浮力を確保しなかったり,レギュレーターを口から離したとしても,パニック状態に陥ったことによる可能性が高く,これはダイビングにおいて十分起こり得ることであるので,この点を過失相殺事由とすべきではない。
5争点5(損害賠償額)
(原告の主張)
原告は,亡丙に生じた損害賠償請求権の相続(相続分3分の2)及び原告固有の損害賠償請求権として,被告乙及び被告甲に対し,それぞれ以下の損害賠償請求権を有している。
ア亡丙の死亡逸失利益
3134万2868円(亡丙の年収414万7700円に死亡時の年齢から67歳までのライプニッツ係数16.1929を乗じ,生活費として30パーセントを控除した上,相続分を乗じた額)
イ慰謝料
2000万円(亡丙の死亡慰謝料2400万円に相続分の3分の2を乗じた額1600万円に,原告固有の慰謝料400万円を加算した額)
ウ葬儀関係費用
150万円
エ弁護士費用
528万4286円
オ合計
5812万7154円
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
第4争点に対する判断
1争点1(被告乙に要求される注意義務の内容及びその義務履行の有無)につ
いて
(1)前記第2の1の前提事実等及び証拠(各項掲記のもののほか,原告本人,被告乙本人,乙20)によれば,以下の各事実が認められる。
ア本件事故に至る経緯
本件ダイビングにおいて,被告乙は,本件ツアーに同行した被告甲の他のインストラクターと相談の上,参加者5名のうち,亡丙及びbを,参加者中ダイビングの経験本数が最も多かったa(経験本数85本)と組み合わせて3名のバディとし,5名のうち最もダイビング経験が少なかったc及び直近のダイビング経験が少なかったdの2名をもう1組のバディとして,被告乙を先頭に,c・dのバディ,亡丙・b・aのバディの順番で,エントリーすることにした。亡丙らは,午前9時6分に岬先端付近で前記順番によりエントリーを開始し,沖合に向かった。亡丙は,午前9時13分ころ,岸からの直線距離約10メートル,水深約5メートルの付近で,マスクの上から鼻をつまんで首を横に振る動作をして耳抜きがうまくできない様子を示したため,被告乙は,他の参加者を停止させながら,亡丙に対し,止まってゆっくりと耳抜きをするように指示をした。しかしながら,亡丙は,二,三分後も,なお耳抜きができない様子を示したため,被告乙は,亡丙及びaの両名に対し,バディ同士が近付いて水面に浮上し,岸の方に行って待つようにサインを送った。すると,亡丙は,被告乙とアイコンタクトを取った上,被告乙のサインを了解した旨のサインを返し,亡丙の少し後方にいたaも同様のサインを返した。そして,亡丙及びaは,いずれも,被告乙の指示したとおり,互いに向き合って近付き,水面の方に向かって,フィンキックをしながらゆっくりと浮上していった。被告乙は,亡丙の動作を見守っていたが,亡丙らが水面に近付き,フィンキックが終わったのを見て,亡丙が水面に到着したものと判断し,予定のコースでbら3名と共に水深約30メートルまで潜行を続けた。一方,亡丙は,浮上後,午前9時17分ころ,水面付近で「苦しい。」と言ってレギュレーターを外し,午前9時20分ころまでの間,おぼれて沈降した。その後,亡丙は,前記第2の1(3)ア記載のとおり,発見され,死亡が確認された。
(甲2,甲7の5,甲25,甲30,甲32,甲35,乙1)
イ本件事故の原因
亡丙がおぼれた原因は不明であるが,BCDジャケットにエアータンク内の高圧空気を給気して浮力を確保する措置を採らなかったこと,及び,レギュレーターを外したことが,その一因であった。
ウ亡丙のダイビングの技量及び経験
亡丙は,本件ツアーに参加するまで,被告甲が行ったダイビングのためのプログラムを受講し,知識開発のほか,7月10日から18日にかけて合計8回福島県猪苗代湖でダイビング(オープン・ウォーターの実技トレーニング)に参加し,オープン・ウォーターの課程を修了した(これにより,受けたトレーニングと経験の範囲内で,インストラクターの付添いなくダイビングを実施することができた(乙3)。)。そして,亡丙は,8月15日から翌16日にかけて合計4回新潟県佐渡島でダイビング(アドヴァンスド・オープン・ウォーターの実技トレーニング)に参加し,このほか,同月21日及び同年9月4日に猪苗代湖において,インストラクターの付添いを伴わないファンダイビングに参加するなどしていた。さらに,本件ツアーにおいても,亡丙は,9月11日に3回ダイビング(このうち1回は,アドヴァンスド・オープン・ウォーターの実技トレーニング。)に参加しており,同日までにアドヴァンスド・オープン・ウォーターの課程を修了していた。亡丙が本件ツアーにおいて本件ダイビングに先立ち行ったこれらのダイビングにおいて,特に問題は発生していなかった。これらの事実に照らすと,亡丙は,ダイビングにおける基本的な知識及び技術を修得しており,相応の危険回避,自己防衛を行う技術を身に付けていたことが推認される。(甲7の2,甲15,甲16の1から14まで,甲17,乙2,乙3,乙14から乙17まで,乙19の1及び2)
エ本件ダイビングの性質,環境
本件ダイビングはファンダイビングであって,本件ツアーは,9月10日の夜から同月12日までの二泊三日ツアーであり,そのスケジュールは,同月10日の夜出発して,同日は車中泊をし,同月11日の朝,いったん休憩をした後,休憩や食事を挟んで3本のダイビングを行い,宿泊施設で宿泊し,同月12日の朝9時ころから,本件ダイビングを行うというものであった。本件ダイビングが行われたf付近は,ダイバーの人気が高い場所として広く知られており,本件事故が発生したfの岬先端付近は,インターネットのダイビングスポット情報では,中級者以上のダイバー向きの場所として知られていた。本件ダイビング当時,海況は良好で天候及び海洋条件(潮流,うねり,波高,透視度・透明度等)には問題がなかった。
(甲7の5,甲19,甲34,乙1,乙4)
(2)以上の認定事実を前提に判断する。
アダイビングは,一般的に危険を伴うスポーツであり,ひとたび危険が生じた場合に生じ得る結果の重大性などに照らすと,ダイビングにおけるガイドは,計画の策定,管理・遂行に際し,参加者の技量及び経験,ダイビングの性質,環境(場所の難易度及び危険度,天候並びに海洋条件)などの具体的状況に応じ,参加者の生命又は身体に対する危険を回避し,その安全を確保するよう配慮する義務を負うというべきである。
これを本件についてみると,前記(1)ウ記載のとおり,亡丙は,オープン・ウォーターの課程を修了し,ダイビングにおける基本的な知識及び技術を修得していたことが認められる。また,同エ記載のとおり,fの岬先端付近は,中級者以上のダイバー向きの場所として知られていたとはいえ,本件事故当日の天候及び海洋条件に問題はなく,本件事故の直前に亡丙が耳抜きがうまくできない動作を示していた水深5メートルの地点までの間においても,亡丙と共にエントリーした他の4名のダイバー全員(この中には亡丙よりもダイビング経験が乏しい者も含まれていたことは先に認定したとおりである。)が特に問題なく潜行を続けていたことが認められる。したがって,亡丙にとって本件ダイビングそれ自体が格別に困難であり,又は危険なものであったとまでは認め難い。
しかるところ,原告は,本件ダイビングにおいて,亡丙の耳抜きが困難になっているという事態が生じていたのであるから,被告乙は,①当該事態の発生を認識した時点で,当該事態が解消するまで亡丙に付き添うか,又は②ダイビングを中止して全員を浮上させる義務があった旨主張する。
しかしながら,ダイビングにおいては,その性質上耳抜きは避けて通ることができないものであり,耳抜きの難易は,ダイバーの体調や個人差により異なるのであって,耳抜きができないときは,ダイビングを中止して浮上すれば痛みは解消されるのであるから(乙11,被告乙本人),亡丙が水深約5メートルの地点で耳抜きができないという動作をしていたからといって,そのこと自体が格別危険な又は異常な事態であったということはできない。また,亡丙は,被告乙のサインを理解して,アイコンタクトを取った上,了解した旨のサインを返し,被告乙の指示どおり,aと向かい合う形で浮上していったのであるから,被告乙が亡丙に対し,浮上して岸の方で待つように指示した時点においても,亡丙について,特に危険な又は異常な事態が発生していたとは認められない(被告乙本人尋問の結果中には,アイコンタクトを取ったとき,亡丙の顔が少しつらそうであった旨の供述部分があるが,同供述部分は,亡丙がサインを返し被告乙の指示どおりaと共に浮上していったことに照らせば,亡丙に危険な又は異常な事態が発生していたことを認めるに足りるものではない。)。そして,本件事故当日の天候などの状況からして,亡丙が水面に浮上した後は,浮力を確保していれば危険な事態に陥ることはなく,浮力の確保自体は,BCDジャケットのインフレーションボタンを操作することにより,容易にすることができ,亡丙は,インストラクターの指示を受けるまでもなく,自らこのような基本的な動作を行うことができるだけのダイビングの技量及び経験を有していたと考えられる。また,亡丙と共に浮上したaは,5名の中では最も経験豊富なダイバーであった。すなわち,被告乙において,亡丙の耳抜きができないことを認識し,ダイビングを中止して水面に浮上するよう指示した際,亡丙の様子には,危険な又は異常な事態が発生していることをうかがわせるものはなく,また,被告乙の指示により,亡丙が水面に浮上することにより,危険な又は異常な事態が発生するおそれがあることをうかがわせるような事情も何ら見当たらなかったことを踏まえると,被告乙に原告が主張するような義務があったということはできない。
したがって,被告乙が前記のとおり,aと共に浮上するよう指示をして,自らは亡丙に付き添わなかったとしても,これにより被告乙に過失があったということはできない。
イもっとも,原告は,亡丙は水面に浮上した際にパニック状態に陥っていたために自ら適切な措置を採ることができなかった可能性が高く,被告乙は,亡丙に岸に戻るよう指示をした時点で,亡丙がパニック状態に陥ることを予測すべきであった旨主張する。
確かに,亡丙が水面に浮上した後,浮力を確保する措置を採ることができず,レギュレーターも外して再び沈降してしまった事実に照らすと,亡丙は,水面に浮上する間又はその直後,何らかの理由によりパニック状態に陥っていた可能性も否定することができない(ただし,これを認めるに足りる的確な証拠はない。)。しかしながら,仮にそうだとしても,先に認定した事実に照らすと,亡丙には,被告乙から岸に戻るよう指示を受けた時点において,耳抜きが困難な状態にあったことを契機としてパニック状態となって,浮力を確保するなどの措置も採ることができなくなり,レギュレーターを口から離してしまうような状態に陥ることをうかがわせるような様子は見受けられないのであり,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって,被告乙が亡丙に対し前記指示をした時点で,亡丙に特段の危険な又は異常な事態が発生することを予見することができたということはできないから,原告の主張に係る前記①他の参加者と共に潜水を続けられる状態になるまで亡丙に付き添う義務又は②亡丙及び他の参加者と全員で浮上して,浮力を確保し,若しくは亡丙自身が独力で浮力を確保できることを確認する義務は,その前提となる予見可能性を欠くものというべきである。
(3)したがって,本件において,被告乙に注意義務違反があったと認めることはできず,その余の点について判断するまでもなく,原告の被告乙に対する損害賠償請求には理由がない。また,被告甲に対する使用者責任に基づく損害賠償請求にも理由がない。
2争点2(被告甲に要求される安全配慮義務の内容及びその義務履行の有無)について
(1)前記1(2)ア記載のダイビングの一般的な危険性,結果の重大性等にかんがみると,被告甲には,ダイビングの企画・主催に際し,参加者の技量及び経験,ダイビングの性質,環境(場所の難易度及び危険度,天候並びに海洋条件)等の具体的な諸事情に応じ,ダイビングを行う上で参加者の生命又は身体に対する危険を回避し,その安全を確保するよう配慮すべき義務がある。
(2)そこで,前記1(1)ウ及びエ各記載の事情(亡丙の技量及び経験,本件ダイビングの性質,環境)等に照らし,原告の主張に係る被告甲の具体的義務及びその違反の有無について検討する。
アまず,本件ツアーの日程についてみると,本件ツアーにおいては適宜休憩や宿泊が組み入れられており,本件ツアーにおけるダイビングの回数,時間等に照らし,被告甲が立案した計画に無理があったとまでは認めることはできない。また,本件ダイビングに先立つブリーフィング等において亡丙が特段体調の不良を訴えたり参加に消極的なことを述べたことを認めるに足りる証拠はないから,本件ツアーの日程に無理があったことにより,亡丙が体調を崩し,その結果,本件事故が発生したものとは認められない。
よって,原告の主張に理由はない。
イ次に,被告甲のダイビングポイントの選定その他ダイビングの計画についても,本件事故が発生したfの岬先端付近を中級者以上のダイバー向きのダイビング場所に分類するインターネットの情報があることは事実であるが,亡丙のダイバーとしての技量及び経験並びに本件事故の発生態様に照らし,当該場所や被告甲のダイビングの計画が格別の危険を内包していたと認めることや,当該危険が現実化した結果,本件事故が発生したと認めることはできず,他にこれらを認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,この点についての原告の主張も採用することができない。
ウ次に,インストラクターの配置についてみると,本件ダイビングはファンダイビングであり,参加者5名のうち最も経験の少ない参加者のcでも本件ダイビング前に11本のダイビングの経験本数があったことや,前記のとおり,本件ダイビングの場所及び被告甲のダイビングの計画が格別の危険を内包するものではないことに照らすと,被告甲において,被告乙とは別にインストラクターを付き添わせる義務があったとまでは認められない。
エ最後にバディの組合せについてみると,前記のとおり,亡丙は,本件ダイビングの当初,a及びbとの3名でバディを組んでおり,亡丙の耳抜きが困難になってからは,被告乙の指示により,aと2名でバディを組んでいたと認められる。aが本件ダイビングの参加者の中で最も経験本数の多いダイバーであったことを踏まえると,このバディの組合せが不適切であったと認めることはできない。この点,原告は,亡丙に過去に耳抜きのトラブルがあったと指摘するが,前記のとおり耳抜きに係る対処は,格別困難なものではなく,浮上してからの浮力の確保も通常は容易にすることができるものであり,格別の危険を内包するものではないことなどに照らすと,原告の主張は採用することができない。
(3)以上のとおり,被告甲が前記の安全配慮義務を怠ったと認めるに足りる証拠はなく,被告甲について安全配慮義務違反を理由とする損害賠償義務を認めることはできない。
第5結語
以上によれば,原告の被告乙及び被告甲に対する各請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
福島地方裁判所郡山支部
裁判長裁判官 清水響
裁判官 島戸純
裁判官 堀部麻記子

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/417/038417_hanrei.pdf

*1:その人が専業事業者の方なら、報酬をしっかり払ってくださいな。