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箱に入っていたのは主人公だけではなかった。映画「箱入り息子の恋」

ネットに色々感想はあるけど、満足できるレビューが見つからなかった。なので、今回はネタバレ全開で書きますので、もし未見の方が居ましたら、観てから読んでください。


多くの感想のそれぞれが、主人公とヒロインの事しか書いてないんだよね。
観ての感想ですが、「これ、『箱入り息子』って書いてあるけど、箱に入っているのは、息子だけじゃないじゃん」というのが感想でした。勿論、ヒロイン自身が障害を持ち、盲目であるゆえに保護されている、箱入り娘、ですが、それだけではなく、自ら心を閉ざし、人との心の接点を失っている意味での「箱に入っている人」は、息子とヒロインだけではない。

主人公、ヒロインの箱

息子とヒロイン以外の人を書く前に、息子とヒロインの事を最初に書いておく。
最初のお見合いで、ヒロインの父親に酷くなじられ、直後ヒロインの意見を聞いた後、主人公は自らの生きてきた生き方が、定型的であり、人と接することを避けていた、と語ります。結構身につまされる話なんですが、彼は自らの外見を中身を考えずに決めつけられてきた*1事、そして、自らが極度のあがり症の事を話し、それ故に人とうまく接することが出来ずに人生を過ごしてきたことを語ります。
こういう事を語ると、変に偏見を持った方々は、中身を知りもしないで、彼のような人をなじったりします*2。話しかける試みの努力をしなかった、とか語っちゃうことも多いです。が、実際に人と接するのが苦手な方々は、試みの努力の中で大きく傷つけられ、人と話すことを避けてしまっていたりするのですね。彼は、この事により、箱に入ってしまった訳です。冒険をせず、定型的な行動をする人生を選んだ*3
ヒロインは目が見えない障害により、親に保護された状態になっており、映画の冒頭ではあまり自ら行動するには至っていないようだ。ピアノを弾くシーンがありますが、外出するシーンはあまりない*4

だが、彼らは箱に入れられているが、箱に囚われてはいない。

逆説的ですが、主人公にしてもヒロインにしても、結果的に箱に入っているだけで、囚われてはいません。
例えばですが、主人公とヒロインが出会うきっかけになった最初の頃の雨のシーン。主人公は盲目であり、主人公を注視しないヒロイン*5に傘を貸します。自分のあがり症が出ない相手には、ちゃんと傘を貸している訳ですね。
また、ヒロインは母親が伏せていた、主人公が傘を貸してくれた人であることに気づいていました。彼女は目が見えないわけですが、外からの情報を目以外のもの、例えば聴覚で確認する習慣がついており、それで気が付いていたわけです。さらに、彼女は最初のデート、つまりは牛丼の吉野家なのですが、主人公が席を移動した事に気が付きます*6
最初のデートの時に、彼女は目が見えない事から、移動の際には手を取って導くことが必要になるんですが、主人公がそれに戸惑って、同行の母親に許可を取りに行くことが面白かった。私だと、彼女に直接聞いてしまうと思う*7
その後、彼らの付き合いには、必ず「手を繋いで導く」という事が発生する訳で、手を繋ぐことが感情の繋がり、体温の繋がり、を示唆しているようで、「いいな」と思った。

言葉に表す、という事

彼女との対話の中で、彼が彼女への好意を言葉にした、というのは、彼女に返答として示されて「私には相手の表情は見えないから、言葉にしてくれて嬉しい」と言われます。これは伏線だったのでしょうか。その後、デートを継続していくうちに、彼女はある言葉に、彼女の感情をのせます。「あなたの事ももっとよく知りたい。」
この言葉、なかなか言いにくい内容で、慎重に言葉を選んだようですね。意味することは、直後のシーンで分かりますが*8

映画のラストまで、交流は続く

映画の中途で、主人公たちの交流は突然分断されます。どうやら、ヒロインの父親の方が最初からの描写の通り、付き合いを継続させるつもりが無かったようです。それに反して、ヒロインを巡り合せ、交流を支援していたのは、ヒロインの母親でした。
映画の描写を見る限り、ヒロインが会話を楽しむのも母親なので、案外ヒロインの父親は「ヒロインへの支援の難しさ」を語りながら、実際にはヒロインへの直接の支援は母親に任せきりだった、という可能性もあります。会社社長としての行動時間も、多分に多かったでしょうし。
しかし、父親の分断にも関わらず、主人公の同僚の「彼女の本当の気持ちを確かめてみた?」という言葉を聞いたのちに、主人公はヒロインが、自身との思い出を大切にし、それに感涙する事に気づきます。
ラストの方、主人公の行動は、ロミオとジュリエットのオマージュなんでしょうか? 感情に突き動かされて、初の早退をし、彼女自身に会いに行きます。
映画の本当のラストで、ヒロインが主人公の点字の手紙を読むのですが、読み終わった際の真剣な表情はもしかして...。*9




...さて、主人公以外の箱入り、についてです。

あまり、箱に入っている風でもない、主人公の両親。

主人公に対しての干渉の薄さ、も感じられる両親で、見合いも主人公との話もなく、突然持ちかける形になっては居ますが、あまり互いに箱に入っている感じは受けません。ヒロインの両親に対しても、ヒロインに対しても*10、言いにくい事もきっちり言いますし。
まあ、描写も多くはないので、はっきりは分かりませんけど...。ヒロイン側と違い、父親が母親と疎遠な感じもあまりしない。

実は隠れた問題があった? ヒロインの父親の箱入り、そして母親の想い。

物語の途上で、主人公とヒロインの交流は邪魔されるんですが、ここで突然父親がやってきたシーンの描写で、母親の台詞から、どうやら、この夫婦、案外うまくいっていないのではないか、と思わせる描写があります。
「私が何も知らないとでも思っているんですか...」と、ヒロインの母親が吐露する感情。ヒロインへの母親の想いは、自身の置かれている状況への想いもあったように思います。ヒロインに対して「自分の事は自分で決めて良いのよ。」と語っているシーンがあるのですが、案外、語る行動の背景に、自身のそうではない行動への感情も含まれていたのでは...。
母親は父親の、多分、不貞の行為を我慢していたのですね。ここに双方の「箱入り」があります。父親は不貞を仕事と隠し、母親は表立っての抗議をしていない。父親には、それ以外にも娘の心情を無視して交流を打ち切るような、無情の部分があります。娘に対しても、結局のところ素直に心をくみ取ろうとせずに、自分の意向を押し付ける*11という意味で「箱に入って」いますよね。

ごくわずかな描写ながら、きっちり箱に入っていると思われる、主人公の同僚。

主人公は、物語の途上で、遊んでいると思われている同僚の女性と知り合います。主人公は、ちゃんとその人とと向き合い、交流を深め、さらに重要な示唆までもらうのですが、主人公に耳打ちする同僚は、結局、彼女のことを知ろうとしません。あまり描写するシーンが割かれている訳ではありませんが、見事に「箱に入って」いるようです。


...こうやって見ていくと、いろんな「箱に入った」人が見えて、色々得る処が多かった映画でした。


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参考文献*12
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*1:面と向かって笑われた、と話し始めているので、そういう出来事があったのだろうなあ、と思った。

*2:彼は、まさに、そういう事をされてきた、と、このシーンで語っている訳なんですがね。さらに言うなら、ヒロインの父親が、直前にまったく同じことを彼にしている。

*3:主人公の行動から、精神疾患の示唆をしていた人も居たが、私はそうは思わない。映画ではヒロインと知り合って、行動を変えているし、単純に、心が縮こまっていただけに見える。

*4:母親との会話で、外出自体はしている感想を持つが、自ら率先してという感じはない。また、一人で歩行する訓練は、映画の初期ではしていないように見える。ただ、映画の中盤で一人で歩くシーンが見られるので、時々、そういう訓練はしていたのかもしれない。

*5:この時に、盲目であるのは気づいていたと思います。私にも経験ありますが、盲目の方は視線と行動で大体見えない事が分かります。私が盲目の方に電話の場所を教えた経験がありますが、それは、その白杖に気づいたからではなく、所作で気が付いたからです。ただし、場所をどうやって教えるかは結構やっかいでした。「時計の針の向きで方向を教える」とか、ものの本にはありますが、本人がどういう訓練を受けているのかもわからない状況で、そういう定型的な方法を行うのは結果が不安でした。結局、言葉で細かい状況説明をしました。個人的には、多様な障害があり得るので、固定的な対応方法を想定するのは良くない、と私は思います。

*6:このシーン、彼女が左利きで、彼が右利きだから、そのままだと、互いに手がぶつかるのか...。ここでも最初の声の位置から、彼が別の位置に移動していることに気づくんですね。

*7:彼女が良いと思えば良いのだから。親に聞きに行った部分は、本人が親の下にずっといた習慣も影響しているのかな。まあ、そこら辺は分かりませんが。

*8:実際には行為自体は失敗?したようなのですが、互いに体を重ねる描写になる。

*9:あれ、求婚のフレーズだったんじゃないのかな、と思ってます。

*10:母親の一言が、物凄く怖い。まあ、あれ、物凄く怒ってたんでしょうね...。

*11:何か、父親が選びたがる娘の相手って、自分の眼鏡に叶う相手を第一に考えて選んでいるようです。その分析は、娘のことをちゃんとケアできる人なのか、非常に疑問に思われますが...。

*12:前に取り上げましたが、人が「箱に入る」行動を論じた文献です。