多分、「ダニング·クルーガー効果*1」なのではないか、と思う。ただ、こう書くと感情的に、さらに声高になるので、コメントを止めてしまうのですけどね。
何ていうか、相手の主張を理解し、それを法理、法益で考えつつ、施行後の運用をちゃんと考察するのが本流なんだけど、「俺の主張を聞け」か、「述べた主張への無理解な発言」としかならないので、安易に主張できる場でのコメントは止めている*2。
相手の批判と、自己の主張のみではなく、自己の批判をし、相手の肯定部分を確認する、という内容でないと、実際の法運用は確認できないのですけど、結局極論に走ると「背後の受け*3」もよろしいようで*4。