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京都地裁平成23年10月31日判決(全文)

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平成23年10月31日判決
平成21年(ワ)第2300号 損害賠償請求事件(以下「甲事件」という。)
同年(ワ)第3204号 時間外手当等反訴請求事件(以下「乙事件」という。)
平成22年(ワ)第1444号 損害賠償等請求事件(以下「丙事件」という。)
主 文
1 原告は,被告Bに対し,567万9616円及びこれに対する平成21年4月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員を支払え。
2 原告は,被告Bに対し,567万9616円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 被告Bの原告に対するその余の請求及び被告Aに対する請求並びに原告の被告Bに対する請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,甲事件に関して生じたものは原告の負担とし,乙事件に関して生じたものは,これを3分し,その1を被告Bの,その余を原告の負担とし,丙事件に関して生じたものは被告Bの負担とする。
5 この判決は,1項に限り,仮に執行することができる。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 甲事件
被告Bは,原告に対し,2034万7405円及びこれに対する平成21年7月10日から支払済みまで年6%の割合による金員を支払え。
2 乙事件
(1) 原告は,被告Bに対し,1038万6928円並びにうち567万9616円に対する平成21年4月1日から支払済みまで年14.6%の割合による金員,及びうち320万7312円に対する平成19年7月1日から支払済みまで年5%の割合による金員及びうち150万円に対する平成21年6月29日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
(2) 原告は,被告Bに対し,567万9616円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
3 丙事件
被告Aは,被告Bに対し,851万5996円並びにうち701万5996円に対する平成21年4月1日から支払済みまで年5%の割合による金員及びうち150万円に対する平成21年6月29日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
甲事件は,原告に勤務していた被告B(以下「被告B」という。)が労働契約上の義務違反により原告に損害を与えたとして,原告が,被告Bに対し,債務不履行による損害賠償請求をしている事案である。
乙事件は,被告Bが原告に対し,労働契約に基づき未払時間外手当及び付加金の支払並びに不法行為又は労働契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をしている事案である。
丙事件は,被告Bが原告の代表取締役である被告A(以下「被告A」という。)に対し,不法行為又は会社法429条1項に基づく損害賠償を請求している事案である。
1 争いのない事実等(争いがないか証拠により容易に認められる事実)
(1) 原告は,平成13年5月に成立した,コンピュータシステム及びプログラムの企画,設計,開発,販売,受託等を主な業務とする株式会社であり,被告Aが当初から代表取締役である。
被告Bは,被告Aから誘われて成立当初から原告の従業員であった。
(2) 原告の大口顧客の一つとして,C社があり,その業務を担当するCチームが作られており,被告BはCチームに属していた。Cチームは,C社が制作した販売管理ソフトウエア「W」のカスタマイズ作業を行っていた。「W」というのは,商品の入荷や在庫管理,販売数等を一元管理できるソフトウエアで,C社が開発したものであり,全国約1000店舗で使用されていた。
(3) 原告は,システムエンジニアについて専門業務型裁量労働制を採用することにし,平成15年5月20日,労働者の代表として被告Bとの間で,書面による労使協定(甲14の1)を締結した。それ以降,労使協定を継続して締結しているが,平成15年5月20日付け協定については京都上労働基準監督署に届出をしたが,それ以降は届出をしていない。
(4) 被告Bは,平成19年4月1日課長となり,まもなくCチームの責任者兼担当窓口となった。
(5) 原告とC社との間で,平成19年7月31日,Wのカスタマイズ業務受託に関して,業務を円滑に行うための取り決め(以下「本件ルール」という。)を明文化した。その内容は別紙「C様と当社間のルール」のとおりである。
窓口を原告側は被告Bに,C社側はD課長とすること,C社が原告に発注する作業量を最低月間1000時間(プログラム作成作業であれば410万円相当)とすること,不具合対応は連絡があってから24時間以内に完了しない場合には納期を回答することなどが決められた。
なお,原告においては,システムエンジニアプログラマの区分はなく,各技術者が,システム設計・分析とプログラミング両方を担当していた。
(6) 原告では,平成20年9月に組織変更があり,被告Bの上司がE部長からF部長に変更になった。
その頃から,C社においては,原告のカスタマイズ業務の質が低下してきたということで,発注量を減らした。F部長は,被告Bに対し,売上が減少しているのを改善するよう,C社の業務の掘り起こしをするように指示した。
(7) 被告Bは,平成21年1月15日,被告AおよびF部長に対し退職の申し出をしたが,慰留された。
被告Bは,同年3月22日,原告を退職した。
2 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 被告Bは,原告に対し,労働契約上の義務違反による損害賠償責任を負うか(甲事件関係)。
(原告の主張)
ア 被告Bは,次のとおり労働契約上の義務に違反した。
① ヒヤリング業務の不適切実施
被告Bは,平成19年8月から,C社窓口担当になったのであるから,カスタマイズの発注数を確保するため,C社のD課長に対し適切にアプローチをとり緊密な関係を維持する義務があった。しかるに,被告Bは,D課長に叱られたことからD課長に対し苦手意識を持ち,D課長を避けて他の者からヒヤリングを実施していた。
② 本件ルール遵守義務違反
被告Bは,Cチームの責任者として,C社との円満な関係を維持するため,本件ルールを遵守する義務があった。しかるに,被告Bは,次のとおり,本件ルール遵守義務に違反した。
工数見積もりは,作業着手前に行うことになっていたにもかかわらず,被告Bはたびたび作業着手後に工数見積もりを実施していた。
鄱 不具合対応の場合,メールで連絡しなければならないにもかかわらず,被告Bは,不具合の修正が完了しても連絡をせず,修正したプログラムを納品フォルダに置くだけであった。
鄴 毎週火曜日に週間打合せを実施することになっていたが,被告Bは,平成20年2月12日を最後に実施しなくなった。
鄽 2か月に1回のペースで「C様講習会」を実施することになっていたが,被告Bは,平成19年8月以降実施しなかった。
酈 C社との間では毎週火,木曜にサポート調査を行うことになっていたが,被告Bは,いつの時期からか実施しなくなった。
③ Cチーム管理業務の懈怠
被告Bは,Cチーム責任者として,チーム内業務の進捗管理,窓口対応,仕事の割り振り等の指揮などの管理業務を任されていた。しかるに,被告Bは,平成20年の秋頃からほぼ毎日一日中パソコンの前で下を向いて座っている状態で管理業務をほぼ行わなくなった。
④ プログラミング業務の未達
Cチームの従業員は,1か月あたり平均して70万円分に換算されるプログラミング作業をこなすというノルマが設定されていた。被告Bについては,C社の窓口担当業務も行っていたため,ノルマは1か月あたり24万6000円から45万5000円分に設定されており,毎月決められたノルマをこなす義務があった。しかるに,被告Bは,平成20年11月頃からプログラミング業務も著しく遅滞するようになり,同月から平成21年2月までで95万0500円分の作業が未達となっている。
イ 原告は,被告Bの上記義務違反により,次のとおりの損害を被った。
① 管理職の投入
被告Bの上記義務違反から,C社との対応は他の者が対応せざるを得なくなり,E部長がC社へのヒヤリング業務及び窓口業務を担当し,F部長がC社とのミーティングに参加し,G部長代理がCチームの管理業務に携わった。それによる損害額は,E部長は勤務時間の90%程度をC社対応に費やしており,平成20年11月から1年間で1147万5000円の,F部長はミーティングに75時間を要しており69万1250円の,G部長代理は33営業日につき勤務時間の30%を費やし18万0655円の損害の被った。以上の合計額は1234万6905円である。
② 売上減少の損害
被告BがC社の窓口担当に就任した平成19年8月から他の管理職がC社の窓口担当に交代して持ち直した平成21年2月まで,C社に対する売上は従来より705万円減少した。これは,被告Bの上記義務違反によって生じたものである。
③ プログラミング作業未達の損失
被告Bは,前記のとおり,平成20年11月から平成21年2月までプログラミング作業未達分として95万0500円相当の損害を被らせた。
以上の合計額は2034万7405円である。
(被告Bの主張)
被告Bは損害賠償責任を負わない。すなわち,①原告が主張する損害費目である売上減少,人件費,ノルマ未達などは,全て報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべき経費・リスクなのであって,労働者たる被告Bが負担すべきいわれは全くないこと,②原告の主張するような経済的損失は,人事権の行使等によって原告の責任によって対処すべきものであること,③被告Bは原告の指示に従って誠実に業務遂行していたのであって,その労働過程において損害賠償責任を負うべき重大な過失は認められないこと,④原告は被告Bに長時間労働を強いており,その結果被告Bに健康障害が生ずるほどであったのであり,仮に被告Bに何らかの業務上のミスがあったとしても,それを誘引しないような就労環境整備義務違反を有する原告に対し被告Bが損害賠償すべきいわれはないこと,⑤被告Bの受けてきた賃金額に比し,原告の請求金額は異常に高額であり,著しくバランスを欠き,原告の請求は労働法の根本理念に反すること,⑥原告は本件訴訟にて被告Bに対し高額賠償請求を行う一方で,被告Bが退職を申し出た際には損害賠償請求を行うと脅しつつ強く慰留したのであって,そもそも甲事件の訴訟提起は被告Bを奴隷的長時間労働に拘束すること自体が目的であり,濫訴であることなどからすると,原告の損害賠償請求が認められないことは明白である。
(2) 被告Bは,専門業務型裁量労働制の適用を受けるか(乙事件関係)。
(原告の主張)
原告においては,次のとおり,平成15年から,被告Bを含むシステムエンジニアについて専門業務型裁量労働制を実施している。したがって,被告Bの1日の労働時間は8時間とみなされるので,時間外手当は発生しない。
すなわち,①原告においては専門業務型裁量労働制を平成15年6月から実施することにし,同年5月に当時の労働者代表であった被告Bと協定を締結し,それ以降,毎年協定を締結していること,②対象業務についての時間配分について具体的な指示をしておらず,また健康,福祉を確保するための措置,苦情に関する措置を講じていること,③労働基準監督署へ協定書の届出をしたのは最初の1回だけであり,その後,届出を提出していなかったが,労働基準法38条の3第1項の規定から明らかなように,専門業務型裁量労働制については,届出が効力要件となっていないと解されることからすると,原告においては,専門業務型裁量労働制の適用があることは明らかである。
そして,被告Bの現実の業務内容をみても専門業務型裁量労働制において認められている情報処理システムの分析又は設計の業務,すなわち,(鄯)ニーズの把握,ユーザーの業務分析等に基づいた最適な業務処理方法の決定及びその方法に適合する機種の選定,(鄱)入出力設計,処理手順の設計等アプリケーション・システムの設計,機械構成の細部の決定,ソフトウェアの決定等,(鄴)システム稼働後のシステムの評価,問題点の発見,その解決のための改善等の業務をしていたのであり,専門業務型裁量労働制に該当するものである。
被告Bは,原告が被告Bに対しプログラミング業務や営業業務に就労させていたことを主張するが,プログラミング業務はシステムエンジニアが行うことは一般的であるし,C社に対する営業に関しては,既に毎月1000時間相当の発注をすることは本件ルールによって合意ができていたのであるから,被告Bは単なる窓口であって,営業を担当していたわけではない。
(被告Bの主張)
被告Bに専門業務型裁量労働制が適用される余地は全くない。すなわち,原告においては,①専門業務型裁量労働制の適用に関し適法な手続要件が満たされていないこと,②被告Bらを専門業務型裁量労働制の対象業務ではない業務,具体的には,裁量労働制の対象となるシステムエンジニア業務に含まれないことが行政通達上明白なプログラミング業務や,営業業務に就労させていたこと,③被告Bに対しプログラミングにつきノルマを課すなどの拘束性の強い具体的な業務指示がなされていたこと,④健康確保を図る措置が何ら採られず,むしろ過労死ラインを超える労働時間を強いていたこと,⑤就業規則の改ざん等,原告に明らかに労働時間規制を免れるための脱法的意図が認められること,⑥専門業務型裁量労働制の適用される労働者であっても支給されるべき休日手当や深夜手当が全く支払われていないことなどからすると,被告Bに対し専門業務型裁量労働制が適用される余地は全くない。
(3) 被告Bは管理監督者に該当するか(乙事件関係)。
(原告の主張)
被告Bは,平成19年4月1日に課長に就任しており,それ以降は労働基準法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)に該当し,時間外労働手当を請求する法的根拠はない。
すなわち,被告Bは,社長,専務など幹部が集う運営会議(この会議では会社の動向や方向などが話し合われている。)に初回から出席していること,平成20年度で給与536万円を得ており,被告Bの年齢に相当する高等学校卒男性30歳から34歳までの平均年収434万9600円(賃金センサス平成20年第1巻第1表参照)よりも20%近く多額であること,毎月,内部手当や内部実績手当なども支給されており,十分な処遇を受けていること,人事権限も有しており,実際に被告Bの権限でテスター2名を雇用した実績もあること,原告で定めた定時退社デーを自分の裁量で部下に実施したり,しなかったりしていたことなどからすると,被告Bは,管理監督者に該当し,時間外手当を請求する法的根拠はない。
(被告Bの主張)
被告Bは管理監督者に当たらない。
すなわち,管理監督者とは,①職務内容,権限及び責任に照らし,労務管理を含め,企業全体の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか,②その勤務態様が労働時間等に対する規制になじまないものであるか否か,③給与(基本給,役付手当等)及び一時金において,管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸点から判断すべきものであるところ,被告Bには新規採用や労務管理,支出,営業における決定につき最終的な決裁権限を有しているあるいは大きな裁量権限を有しているといえるような事情は認められず,労働時間も長時間労働に拘束されており実質的な自由裁量性が認められず,待遇もわずか5000円の役職手当が付いている程度である。したがって,被告Bが管理監督者であることはあり得ない。
(4) 時間外手当の額(乙事件関係)
この争点は,(2)(裁量労働制)及び(3)(管理監督者)のいずれもが否定された場合に問題となる。
(被告Bの主張)
被告Bの手元には自身の労働時間立証の根拠となる記録としては,平成20年10月以降の作業日報(乙4ないし6)しかない。原告は,それ以前にも労働時間記録を残していた旨認めながら,「廃棄した」,「みつからない」などと極めて不自然な主張を述べてそれらの記録を提出しない。したがって,労働時間を推定するほかないが,少なくとも平成20年10月から平成21年2月21日までに生じた時間外労働時間の平均月額の80%に相当する時間外労働時間が存在するものと推定することができる。それに基づいて時間外手当の額を推定計算すると,別紙時間外手当計算のとおり,時効消滅していない平成19年7月から平成20年9月までの15か月分の未払時間外手当は,567万9616円となる。
したがって,被告Bは,労働契約に基づき未払時間外手当567万9616円及び付加金として同額を請求する。
(原告の主張)
争う。
(5) 原告の不法行為責任について(乙事件関係)
(被告Bの主張)
ア 原告は,次のとおり,被告Bに対して違法な行為をした。
① 時間外手当未払自体が不法行為に該当する。すなわち,原告は,被告Bについて労働時間記録を残していたことを認めておきながら,「その記録が残っていない」,「廃棄した」などと極めて不自然な主張を繰り返し,被告Bの労働時間立証を妨害していること,原告は就業規則の改ざんを行い,従業員には時間外手当についての規定が削除されている就業規則を配布し,従業員の請求を妨害したことからすると,原告の時間外手当未払自体が不法行為を構成することは明らかである。
② 原告には安全配慮義務違反が認められる。すなわち,被告Bは,岩瀬医院に通院し,うつ病と診断されたが,うつ病発症については,長時間労働の事実,上司がF部長に変わってからの職場環境の変化,F部長の高圧的態度,原告が被告Bに対し過重な業務と責任を課したことなどの結果であり,原告に安全配慮義務違反があったことは明らかである。
③ 原告は,被告Bの退職の自由を侵害した。すなわち,労働者には退職の自由があり,労働者が理由の如何を問わずいつでも退職を申し出ることが権利として保障されていることは明らかであるところ,原告は,平成21年1月15日に退職の意思表示を行った被告Bに対し,退職すれば損害賠償請求を行うと脅迫し,2時間近くにわたり執拗に退職の意思表示を撤回するように申し向け,被告Bに無理やり退職の意思表示を撤回させた。さらに,その後うつ状態により勤務が不可能となり,被告Bが退職の意思表示を改めて明確に行った後になっても,損害賠償請求を行うと脅迫しつつ執拗に被告Bに対し退職の意思表示の撤回を求めた。このような原告の行為が,被告Bの退職の自由を侵害する違法行為であることは明らかである。
④ さらに,原告の甲事件の請求内容自体が,手段債務しか負わず結果債務を負わない労働者が責任を負ういわれのないものばかりで,社会常識に反するものである。一方で被告Bの勤務継続を望み,他方で被告Bに対し多額の損害賠償請求を行う原告の請求は,請求権がないことについて知っていたか,通常なら知ってしかるべきものであるにもかかわらず,意に反して退職した被告Bに報復する目的でなされたものであり,濫訴であることは明らかであり,不法行為に該当する。
イ 被告Bは,原告の上記不法行為によって,次のとおりの損害を被った。
① 未払時間外手当相当額
労働債権の時効消滅した部分で不法行為責任の時効消滅していない部分として平成18年7月から平成19年6月までの未払時間外手当は320万7312円(26万7276円×12か月)である。
安全配慮義務違反による損害
休業損害 10万5278円
慰謝料 150万円
③ 退職の自由の侵害及び濫訴に対する慰謝料100万円
④ 弁護士費用
100万円
上記の損害額合計は681万2590円であるが,そのうちの一部として470万7312円を請求する。
(原告の主張)
被告Bの不法行為による損害賠償請求は,次のとおり,いずれも理由がない。
ア①については,まず,原告が証明妨害の責めを負うべき理由はない。すなわち,被告のタイムシートについては,本訴提起の1年以上前である平成20年5月頃に廃止されている。不要という理由で廃止した書類を,原告が保持しておらず,訴訟において提出できなかったことに対して,何ら証明妨害の誹りを受けるいわれはない。また,原告が就業規則を改ざんした事実もない。
ア②については,仮に被告Bがうつ病を発症していたとしても,発症時期や被告B本人の供述からして,その原因は,主に,C社とのトラブルに起因することが明らかであり,原告には責任はない。
ア③については,実際に被告Bの思うままに退職しており,何ら退職の自由の侵害はない。
ア④については,甲事件の請求が理由があることは,前記のとおりである。
(6) 被告Aの不法行為責任(丙事件関係)
(被告Bの主張)
時間外手当未払及び安全配慮義務違反等による原告の違法行為につき,被告Aは不法行為責任及び会社法上の対第三者損害賠償責任を負う。すなわち,被告Aは,原告の代表者として,適切な労務管理をすべきであるにもかかわらず,時間外手当を不支給とし,被告Bをして長時間労働をさせてうつ状態にさせ,安全配慮義務に違反したほか,退職の自由を侵害し,理由のない甲
事件の訴え提起をした。これらの行為が不法行為に該当することは明らかである。また,会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負う。
損害額は,未払時間外手当として時効消滅していない分及び不法行為の時効期間が経過していない分として701万5996円,慰謝料100万円,弁護士費用50万円,合計851万5996円となる。
なお,請求は,不法行為責任の消滅時効にかからない範囲でのみ請求するが,会社法429条1項に基づく請求の場合は消滅時効は10年であるので,一部請求である。
(被告Aの主張)
前記のとおり,原告の被告Bに対する不法行為責任は生じておらず,被告Aについても同様である。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
争いのない事実等に証拠(甲1ないし9(枝番があるものは枝番を含む。以下同じ。),14ないし38,46,48,55,56,60,62,67ないし69,乙1,3ないし8,10,11,13,14,19,証人D,同F,同H,被告B本人,被告A本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 被告Bは,高等学校を卒業後,京都コンピューター学院の情報処理科でコンピュータの基礎を学び,その後民間会社に就職し制御盤のソフトウエアの作成業務等を担当していたが,I社に転職し,在庫管理等のプログラムシステムの開発等の業務に従事していた。被告Bは,I社に在籍していた時に,当時部長であった被告Aが原告を立ち上げることになり,誘われて原告に入社した。
(2) 原告は,平成13年5月に成立した,コンピュータシステム及びプログラムの企画,設計,開発,販売,受託等を主な業務とする株式会社であり,被告Aが,被告Bのほか,F部長,E部長らに声をかけて,立ち上げたものである。
原告の当時の株主は創業に関わった者らで,被告Aが過半数を所有していた。被告Bは,発行済み株式総数200株中10株(5%)を所有していた(その後増資されたので,被告Bの所有割合は2.5%となった。)。
(3) 原告の組織は,変遷があるが,平成20年9月以降は,別紙「組織図」のとおりであり,取締役会の下に,J事業推進部,ソフト事業部及びカスタマソリューション部があった。原告にとっての大口顧客は,C社,K社,L社の3社であり,これらで原告全体の売上の6割程度を占めており,J事業推進部内に3社ごとにチームが作られていた。原告の従業員数は40人余りであった。
(4) 被告Bは,Cチームに属し,主任であった。Cチームは,C社が制作した販売管理ソフトウエアであるWのカスタマイズ作業を行ってい。具体的には,Wを利用しているエンドユーザーである各店舗から,ポイントカードを発行できるように改修してほしい,このような販売統計がとれるようにしてほしいなどという要望がされるので,C社において,必要に応じて基本的なシステム設計をしたうえで,簡単な指示書を作成し,原告にカスタマイズ作業を依頼していた。
(5) 原告は,システムエンジニアについて専門業務型裁量労働制を採用することにし,平成15年5月20日,労働者の代表として被告Bとの間で,書面による労使協定(甲14の1)を締結した。それ以降,労使協定を継続して締結しているが,平成15年5月20日付け協定については京都上労働基準監督署に届出をしたが,それ以降は平成21年7月まで届出をしていない。
労使協定の内容は,いずれの協定も同じ内容であり,次のとおりである。
・ 対象労働者 社内及び社外において,システムエンジニアとしてシステム開発の業務に従事するもので,会社(原告)が指定した労働者
・ 専門業務型裁量労働制の原則 対象労働者に対しては,会社(原告)は業務遂行の手段及び時間配分の決定等につき具体的な指示をしないものとする。
・ 労働時間の取扱 対象労働者が,所定労働日に勤務した場合は,1日8時間労働したものとみなす。
また,原告と労働者代表との間で,平成16年3月1日,業務遂行における健康と福祉に関する労使協定(甲15)を締結した。
(6) 原告は,平成16年3月から幹部による運営会議を実施しており,当初のメンバーは,被告A,F部長,E部長,G部長代理,M,被告Bであり,それ以降,現場の管理職も参加することはあったが,これらのメンバーは変わらなかった。運営会議では,各部署における問題点の改善,情報の共有,方向性の統一などを意見交換していた。
(7) 原告とC社は,平成17年4月1日,C社が原告に対してプログラムの設計,作成業務を委託することなどを内容とする「業務委託基本契約書」(甲4)を,C社が原告に委託する請負単位について,プログラム作成作業は1時間当たり4100円,プログラム設計作業等を1時間当たり4600円とすることなどを内容とする「業務委託条件に関する契約書」(甲5)を取り交わした。
被告Bは,平成19年4月1日課長となり,まもなくCチームの責任者兼担当窓口となった。課長としての日常業務は,顧客の窓口対応,納品後の不具合対応,プログラミング,詳細設計作業,部下の管理などであった。また,被告Bは,課長の時に,TSという職種の人員として2人採用した際,採用面接に立ち会って採否について意見を述べたことがあった。
(8) 原告とC社との間で,平成19年7月31日,Wのカスタマイズ業務受託に関して,業務を円滑に行うための取り決め(本件ルール)を明文化した。その内容は別紙「C様と当社間のルール」のとおりである。窓口を原告側は被告Bに,C社側はD課長とし,必ず窓口を通すことや,C社が原告に発注する作業量を最低月間1000時間(プログラム作成作業であれば410万円相当)とすること,不具合対応は連絡があってから24時間以内に完了しない場合には納期を回答することなどが決められた。
もっとも,月間1000時間というのは,原告が本件ルールに従って作業をすることが前提であり,C社において必ず月間1000時間相当の発注をしなければならい義務を負うものではなく,目安という程度のものであった。
また,各発注は,C社において,例えば,16時間として発注するのはおおよそ16時間の作業を要するであろうという見込みで決めるものであり,それ以上に作業時間がかかるものもあり,まれには2倍位の作業時間を要するものもあった。発注は数時間程度のものから1,2週間程度要するものまで様々であり,毎日,かなりの数の発注され,それをCチームの従業員がこなしていた。
なお,原告においては,システムエンジニアプログラマの区分はなく,各技術者が,システム設計・分析とプログラミング両方を担当していた。被告Bについていうと,C社からのヒヤリング作業,C社のニーズの分析とカスタマイズ作業の提案,システムの分析,設計のほか,プログラミング作業にも従事していた。プログラミング作業については,ノルマがあり,Cチームの従業員は1か月あたり平均して70万円分に換算されるプログラミング作業をこなすというノルマが設定されていた。被告Bについては,C社の窓口担当業務も行っていたため,ノルマは1か月あたり24万6000円から45万5000円分に設定されていた。
(9) 原告では,平成20年9月に組織変更があり,被告Bの上司がE部長からF部長に変更になった。
その頃から,原告が納品するカスタマイズ業務について,C社が不満を持つようになった。例えば,原告において検証した上で納品したはずであるのに,C社で検査するとすぐに不具合が生じ,原告にその改善を依頼し,改善されたとして納品されてきてもすぐに不具合が生じるということが相次いだ。不具合が生じる原因としては,被告BやCチームのメンバーのミスであることが多く,単純なミスもあったが,中にはC社が設計した基本システムの誤りに基づくものもあった。また,本件ルールでは,不具合対応について24時間以内に対応が完了しない場合,納期を通知することになっていたが,被告Bは,毎日かなりの件数の納品をしていたこともあり,通知を失念して
いたこともあった。納期はかなりタイトであり,被告BにおいてD課長に対し改善を求めたこともあった。原告では,C社の対応を強化するために,平成20年9月からCチームを1人増員し,被告Bを含めて9人態勢とした。
(10) C社においては,原告のカスタマイズ業務の質が低下してきたということで,徐々に発注量を減らした。原告のC社に対する売上は,平成20年7月約420万円,8月約430万円,9月約410万円,10月約410万円,11月約340万円,12月約320万円と低下した。
F部長は,被告Bに対し,売上が減少しているのを改善するよう,C社の業務の掘り起こしをするように指示した。このため,被告Bにおいて,C社に赴き,D課長の部下である担当者と直接交渉して,作業を出してくれるよう依頼したりしたが,D課長は,本件ルールでは自分が交渉窓口となっているにもかかわらず,部下に直接接触することを不快に思っていた。
(11) 被告Bは,C社に対する売上が低下し,410万円前後に設定されていた目標の未達成についてF部長から叱責されることが続き,平成20年12月頃から,不眠となり,目標が達成できないことに自責の念に駆られていた。
他方,F部長は,このままではC社との関係がますます悪化することを懸念し,平成21年1月6日,E部長とともに,C社を訪問し,D課長に対し謝罪した。D課長は,「被告Bは,こちらからお願いしている不具合の改善依頼を達成せずに,仕事がほしいというのは都合が良すぎるのではないか」,「取り決めた本件ルールが守られていない」などと不満を述べ,これに対し,F部長は,不具合の修正作業の検証態勢を整えることを約し,品質改善提案書(甲46)を交付した。
F部長は,同日,原告に帰社した後,被告Bを呼び出し,このような事態になったことを叱責し,ノートで頭を叩いた。
被告Bは,その頃から,原告に出社しても仕事が手につかない状態になり,C社との担当窓口が被告BからE部長に変更になった。
(12) 被告Bは,平成21年1月15日,被告Bの状態を心配していた他の従業員2人とともに,被告AおよびF部長に対し退職の申し出をした。これに対し,被告Aらは,C社との取引につき大幅な損害が生じているのに退職といわれても問題があるとして退職に難色を示し,引き続き原告において勤務するように慰留し,被告Bはそれを了承した。
被告Bは,同年2月には朝起きるとめまいが生じ,同月24日から出勤できなくなり,同月27日,N医院を受診し,「うつ状態」と診断され,睡眠薬等の処方を受けた。
原告は,同年3月1日付け内容証明郵便(乙14の12の1)により,被告Bに対し,C社との関係で多額の損害を被っており,損害賠償を請求する予定であるが,それは本意ではないので,話合いで解決したいという趣旨の連絡をした。
被告Bは,同月5日,被告A,F部長と面談し,その際,原告がC社に多大の損害を被っているので,被告Bに対し損害賠償をするという話をされた。
被告Bは,同月22日,原告を退職した。
(13) 原告は,平成21年12月10日,京都上労働基準監督署に休業補償給付の請求をし,平成22年8月,うつ病が業務に起因するものであるとして,労働災害認定がされ,初診日である平成21年2月27日から最終受診日である同年4月17日までの休業補償給付がされた。
(14) 被告Bの退職当時の基本給は15万円,職能手当5万8000円,技術手当10万2000円,役職手当5000円,内部手当4万3000円の合計35万8000円を所定内手当として受け取っていたほか,扶養手当2万1000円を受領していた。年収は平成20年度で536万5000円であった。
なお,原告では,当初タイムカードをつけており,専門業務型裁量労働制を導入した平成15年以降もつけていたが,裁量労働制の趣旨に反するとして,平成20年5月ころ管理職から順次廃止とし,それまであった分についても不要として廃棄した。
2 被告Bの原告に対する損害賠償責任(争点1)について
(1) 労働者が労働契約上の義務違反によって使用者に損害を与えた場合,労働者は当然に債務不履行による損害賠償責任を負うものではない。すなわち,労働者のミスはもともと企業経営の運営自体に付随,内在化するものであるといえる(報償責任)し,業務命令内容は使用者が決定するものであり,その業務命令の履行に際し発生するであろうミスは,業務命令自体に内在するものとして使用者がリスクを負うべきものであると考えられる(危険責任)ことなどからすると,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,労働者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損害の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,労働者に対し損害の賠償をすることができると解される(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁参照)。
(2) しかるに,本件においては,被告BあるいはCチームの従業員のミスもあり,C社からの不良改善要求に応えることができず,受注が減ったという経過は前記認定のとおりであるが,被告Bにおいてそれについて故意又は重過失があったとは証拠上認められないこと,原告が損害であると主張する売上減少,ノルマ未達などは,ある程度予想できるところであり,報償責任・危険責任の観点から本来的に使用者が負担すべきリスクであると考えられること,原告の主張する損害額は2000万円を超えるものであり,被告Bの受領してきた賃金額に比しあまりにも高額であり,労働者が負担すべきものとは考えがたいことなどからすると,原告が主張するような損害は,結局は取引関係にある企業同士で通常に有り得るトラブルなのであって,それを労働者個人に負担させることは相当ではなく,原告の損害賠償請求は認められないというべきである。
3 専門業務型裁量労働制の適用(争点2)について
(1) 専門業務型裁量労働制とは,業務の性質上その遂行方法を労働者の裁量に委ねる必要があるものについて,実際に働いた時間ではなく,労使協定等で定められた時間によって労働時間を算定する制度である。その対象業務として,労働基準法38条の3,同法施行規則24条の2の2第2項2号において,「情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であってプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務」が挙げられている。そして,「情報処理システムの分析又は設計の業務」とは,①ニーズの把握,ユーザーの業務分析等に基づいた最適な業務処理方法の決定及びその方法に適合する機種の選定,②入出力設計,処理手順の設計等のアプリケーション・システムの設計,機械構成の細部の決定,ソフトウエアの決定等,③システム稼働後のシステムの評価,問題点の発見,その解決のための改善等の業務をいうと解されており,プログラミングについては,その性質上,裁量性の高い業務ではないので,専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれないと解される。営業が専門業務型裁量労働制に含まれないことはもちろんである。
(2) 原告は,被告Bについて,情報処理システムの分析又は設計の業務に携わっており,専門業務型裁量労働制の業務に該当する旨主張する。
確かに,前記事実関係からすると,被告Bにおいては,C社からの発注を受けて,カスタマイズ業務を中心に職務をしていたということはできる。
しかしながら,本来プログラムの分析又は設計業務について裁量労働制が許容されるのは,システム設計というものが,システム全体を設計する技術者にとって,どこから手をつけ,どのように進行させるのかにつき裁量性が認められるからであると解される。しかるに,C社は,下請である原告に対しシステム設計の一部しか発注していないのであり,しかもその業務につきかなりタイトな納期を設定していたことからすると,下請にて業務に従事する者にとっては,裁量労働制が適用されるべき業務遂行の裁量性はかなりなくなっていたということができる。また,原告において,被告Bに対し専門業務型裁量労働制に含まれないプログラミング業務につき未達が生じるほどのノルマを課していたことは,原告がそれを損害として請求していることからも明らかである。さらに,原告は,前記認定のとおり,F部長からC社の業務の掘り起こしをするように指示を受けて,C社を訪問し,もっと発注してほしいという依頼をしており,営業活動にも従事していたということができる(原告は,原告とC社との間で毎月1000時間相当の発注をすることの合意ができていた旨主張するが,目安という程度のものであったことは前記認定のとおりであり,営業活動を不要とするようなものではなかったといえる。)。
以上からすると,被告Bが行っていた業務は,労働基準法38条の3,同法施行規則24条の2の2第2項2号にいう「情報処理システムの分析又は設計の業務」であったということはできず,専門業務型裁量労働制の要件を満たしていると認めることはできない。
管理監督者の適用(争点3)について
(1) 労働基準法41条2号にいう「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)とは,事業主に代わって労務管理を行う地位にあり,労働者の労働時間を決定し,労働時間に従った労働者の作業を監督する者をいい,それに該当するかは,①職務内容,権限及び責任に照らし,労務管理を含め,企業の事業経営に関する重要事項にどのように関与しているか,②その勤務形態が労働時間等に対する規制になじまないものであるか,③給与(基本給,役付手当等)及び一時金において,管理監督者にふさわしい待遇がされているかなどの諸点から判断すべきものであると解される。
(2) 本件においては,①についてみると,被告Bは,課長の立場にあり,部下8,9人の監督をする地位にあったが,会社の経営方針については,幹部会議に出席して意見を述べることができる程度の立場にあったにとどまり,証拠上企業の事業経営に関する重要事項に関与していたとは認めることができない。また,被告Bにおいて,採用面接に立ち会って採否についての意見を述べていたことは認められるが,従業員の採用権限を有していたとは認め難い。したがって,被告Bにおいて企業の事業経営に関する重要事項に関与していたということはできない。③については,単に役職手当等の支給によって収入が多いという事実だけでは足りず,その職責の重さからして相当な手当が支給されていることを要すると解されるところ,原告の各種手当の趣旨は必ずしも明らかではないが,役職手当としては月額5000円であり,とうてい管理監督者に対する手当としては十分なものはいえない(原告は,同年齢の高等学校卒の男性労働者の平均賃金と比較するが,被告Bは専門的な技能を有しているのであり,同年齢の労働者と比較して賃金が高いことから,管理監督者としてふさわしい処遇がされているとはいえない。)。そうすると,②について出退勤について厳格な規制を受けていなかったことなどを考慮しても,管理監督者に当たると認めることはできない。
5 時間外手当の額(争点4)について
(1) 上記3及び4からすると,被告Bについて,裁量労働制の適用はなく,管理監督者とも認められないので,原告は,被告Bに対し,時間外手当を支給すべき義務を負うことになる。
(2) その額について検討するに,平成20年5月以降は,タイムカードを廃止し,それ以前のものは廃棄しているので,被告Bの労働時間を証する客観的な証拠は存在しない。
被告Bは,平成20年10月以降の作業日報とそれに基づく労働時間表(乙4ないし6)を提出する(乙4は,平成20年10月1日の作業日報であり,乙5は,同日から平成21年2月23日までの作業日報による勤務時間をまとめたものであり,乙6はこれらに基づいて上記期間の労働時間をまとめたものである。)。
この期間の作業日報は具体的なものであって,被告Bはそれに記載された労働時間につき労働したものと認めることができる。
被告Bは,平成20年10月1日以前については,上記期間の平均労働時間の80%に相当する時間外労働をしていたと推定しているところ,上記認定の被告Bの業務内容や労働災害認定においても毎月80時間を超える時間外労働があったと認定されていること(乙14の5)などからすると,この推定は一定の合理性を有しているということができ,被告B主張のとおりの時間外労働時間を認めることができる。
そうすると,時間外手当については,時効消滅していない平成19年7月から平成21年2月までの未払額は,原告が主張するとお,567万9616円となる。
(3) 付加金については,専門業務型裁量労働制の適用のない職種を担当させていたことや,もともと専門業務型裁量労働制の適用される労働者であっても支給されるべき休日手当や深夜手当が全く支払われていなかったことなどからすると,上記の未払時間外手当と同額について認めるのが相当である。
6 原告の被告Bに対する不法行為責任(争点5)について
(1) 被告Bは,原告の不法行為として,①原告は被告Bの労働時間立証を妨害していることなどから,時間外手当未払自体が不法行為に該当する,②原告の安全配慮義務違反によりうつ病を発症した,③原告は被告Bの退職の自由を侵害した,④原告の甲事件の請求内容自体が手段債務しか負わず結果債務を負わない労働者が責任を負ういわれのないものばかりで,訴え提起が違法であると主張する。
(2) ①については,原告では平成20年5月頃にタイムカードを廃止しており,それ以前のものを廃棄しているのであるから,原告が保持しておらず訴訟において提出できなかったことが,労働時間立証を妨害して違法なものということはできない。就業規則については,原告が改ざんしたと認めるに足りる証拠はない。他に時間外手当未払自体が不法行為に該当するような事実を認めることはできない。
②については,被告Bがうつ病を発症していたことについては,そのきっかけとなったのは,主にC社とのトラブルに起因するものということができ,それ自体は被告Bにおいても一定の責任があること,被告Bが病院を受診した時期(初診平成21年2月27日)などからすると,うつ病を発症したことについて被告Bの上司において予見可能性があったとまでいうことはできないことからすると,安全配慮義務違反を認めることはできない。
③については,被告Bにおいて退職の自由を有することはいうまでもないが,被告Aらにおいて,退職を申し出た被告Bに対し,損害を与えたことを説明しつつ慰留することが不法行為に当たるとまではいえない。
④については,訴えの提起が違法行為といえるためには,提訴者の主張した権利等が事実的・法律的根拠を欠くうえ,提訴者がそのことを知りながら又は容易に知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく妥当性を欠くと認められる場合に限られる(最判昭和63年1月26日民集42巻1号1頁)ところ,本件においては,原告の甲事件の提起が裁判制度の趣旨・目的に照らして著しく妥当性を欠くとは認められず,甲事件の訴え提起が違法行為になるとは認められない。
(3) よって,被告Bの原告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
7 被告Aの責任(争点6)について
被告Bは,原告の代表者である被告Aにおいて不法行為又は会社法429条1項に基づく損害賠償責任を負うと主張するが,被告Bの原告に対する不法行為による賠償が認められないことは前記のとおりであり,被告Bの被告Aに対する損害賠償請求も同様に理由がない。
8 結論
以上のとおり,被告Bの原告に対する未払時間外手当とその付加金の請求については理由があり,被告Bのその余の請求及び原告の請求はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
京都地方裁判所第6民事部
裁判官 大 島 眞 一
(別紙省略)