luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

楽器だけでは、音楽は生まれない。

よく楽器演奏をやる人の中で、話題に上がる話がある。
「例え名器と呼ばれる楽器でも、楽器だけでは良い音は出ない。演奏者に出会って、初めて名器は名器になる。驚くべきことに、ごく普通のありふれた楽器でも、優れた演奏者にかかると名器の音がする。」


この事は、少し説明が必要かもしれない。
私は、自宅に一本のウクレレを持っていた*1。ある時に、とある方のライブを聴きに行き、このウクレレを傍らに置いていた。
このウクレレは、KoAloha のコアの木のウクレレ
ハワイイ産の乾いた良い音がするウクレレだったのだが、まあ、私が演奏するのだがら、演奏は下手だし、音はそこそこ出るけど...みたいな感じだった。


その日の演奏者は、とある事情*2から、名前は伏せますが、結構有名な演奏者で、その時も、とても美しく、かつ、ダイナミックな曲を聴かせてくれた。
たった四弦の楽器*3のどこをどうすれば、こんな音が出るんだ、とも思えるほど、それは美しい演奏でした。
その日は、私は楽屋というか、舞台の袖にお邪魔して、お話をしたので、私のウクレレも傍らに置いたままでした。
で、演奏の話題になったときに、何気に、その方は私のウクレレを弾きだしたのですね。で、その時に、私のウクレレの音は、私が演奏したときに出した音とは別物でした。
今まで、ライブで出していた、その音が、私のウクレレからも鳴り出して、びっくりしてしまった事を覚えています。弦も、かなり古く、伸びてしまっていたのに...。


...こういう事が、他の楽器でも起こります。ギターでも、バイオリンでも、ピアノでも。
また、これも良く言うのですが、演奏者が触った楽器は、少しの間、別人が演奏しても、似たような音がしばらく続く、と言います*4


この作品は、ピアノを中心としての、そんな名器に関する音の響き、演奏表現の話です。出てくる音楽家は結構変わり者が多く、主人公たちを取り巻く風景も、なかなかシュール。八百屋の二階で、少しくたびれたピアノを弾いている主人公と、「スタちゃん」と呼んでいるスタンウェイを弾く少女の奇妙な師弟関係と、それを取り巻く、これまた奇妙な人々。
生活の困窮から「スタちゃん」は売られてしまい、少女はアパート住まいになるのですが...。
作品は、「音」そして、演奏について考えさせつつも、どんどん進みます。コマ数自体は少ないので、短文のエッセイを読むような形で、作品は進んでいくのですが、一年ちょっとの間に、劇的とも言えるほどのストーリーを経て、少女は自らの「天色の音色」を手に入れます。しかし、その時、少女には大きく失ったものがあって。でも、その時に嬉しい再会もあって...。


読み終わると、結構考えさせられます。演奏を奏でるということ。音を表現する*5ということ。
そして、演奏というものに対して、演奏者、そして楽器について、それを取り巻く人々について、色々と。
冒頭に書いたように、良い音楽に対しては、名器と共に、演奏者、そして演奏者のノリというか、演奏者の表現方法と、その感知の感覚*6が、大きく影響を与えます。
それが、どういう成り立ちで、出来上がるか、それをラストまで描ききった作品、だと思います。


今回はネタばれを防ぐために、内容を書くのを加減しています。良い作品だと思います。特に、音楽表現について、考えたい人にとっては良い作品*7なので、お勧めします。
個人的には、「のだめ」より、こっちの方が登場人物が絞られている分、ピアノの音について純粋に考えさせられて、好きですね。「のだめ」も悪くないのだけど。


なお、作品には、BGM が設定されていて、実際に作品中に、どんな音楽が鳴っていたのか、が分かるようになっています。それらのアルバムを、演奏者などを選んで、聴き比べてみるのも一興だと思います。
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*1:残念ながら、この楽器は自分の手に合わず、手離した。

*2:要は、実は知り合いなので、実名を出すと、何か問い合わせが来そうなので書かない事にしました。名前を出すと、「ああ、あの人か。」と分かるような人です。ええ、これ以上は内緒。

*3:演奏された楽器自体は、本人の調整も入った、一般に販売されているものとは違うものでした。ウクレレの場合は、他の楽器と違って、物凄い名器みたいなものはないように思いますが。

*4:ちなみに、全然科学的な話ではありませんよ。単なる感覚なので、実は違うのかも知れません。でも、何故か、そう感じられるのです。少なくとも、私は、そう感じました。もしかしたら、音の振動が残響として残っているからなのかも知れません。

*5:私も歌を歌うので分かりますが、声楽が体を楽器にする、という事は、とてもよく分かります。体がぐらついていると、良い声は出ません。

*6:この中には、音の表現と共に、即興演奏などに見られる、音楽への表現センスなども含まれます。

*7:ちょっと俗なエピソードもあって、興ざめな話も中にはありますが。全体的には良い話だと思います。