luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

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究極の「根本的帰属性の誤り」は、思いやりのなさ、余裕のなさ(論理的に正しくても、人は動かせない)

最近、ニセ科学関係のBlog をのぞいているが、妙に不快に思うことがある。論理的には正しいし、言っている言葉も正確だ。 ただ、何かが引っかかる。 それは何だろう...とずっと考えていた。
で、最近、自分に傷を負い、心に傷を負った人に優しく声をかけている人に、妙なツッコミをしている(場合によってはその人の名誉を毀損しているような)、とある Blog のメッセージを見て、疑問が氷解した。
...はっきり言うと、思いやりがないのだ。要は論理的に正しい事を言っていれば人は納得すると思ってしまっている。
その人が同時になにを感じ、どんな感情でいるのか考えない。意見で否定と言っていても、実はそろそろ肯定に転じようとしている...とか考えない。ただ、ひたすら正しいことを言っていれば、自分がその人を取り残して、レベルの高い位置に言ってしまっていても、その人がついてくるんじゃないか、とたかをくくっているようだ。
でも、実際には違う。
人間は感情の動物だからいくら正しい事を言っていたとしても、その場のノリに乗ることもあれば、反発心を抱いてしまうこともある。
その人がやろうとした行動を先取りした注意などしようものなら、ブーメラン効果によるリアクタンス反応まで生じかねない。結果、味方になろうとした人まで敵に回し、視野を狭くする。結局残るのは、卑近にいた人だけ...。
つまり、ぜんぜん「人を動かしていない。」
納得しているのは自分だけなのだ。究極の「根本的帰属性の誤り」である。
私の好きな書籍に、デル・カーネギーの古典的名著「人を動かす」がある。これに究極の言葉がある。今日はそこから一言書いておく。
『人を動かす三原則(のうちの一つ)』「批判も非難もしない。苦情もいわない。」
人を動かすためには、正しさ、だけでは駄目だ。
結局、人を動かすのは「思いやり」である。



人を動かす - Wikipedia
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