luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

ある種の人にとって、母親の攻撃とは有ってはならぬモノ、なのかも。

Love Piece Club - 未知との遭遇 / 田房永子 より。

「今日は重たい話を聞いてしんどくなっちゃった人もいると思いますけれど、本当に来てくださったかた、ごめんなさいね」とか「こんな話を聞いて、結婚したり子どもをもつのが怖くなってしまいそうで、ごめんなさい、心配しないでね」と、社長さんは客席に向かって、(田房の発言を)何度も謝罪するのである。私は苦笑いしながら、セラピーなどをうけるという「専門家やプロに頼むのがいい」という考えの話をすると、社長さんは「セラピーとかカウンセリングとか、私の時代では考えられない。本当にそれ、必要ですか?」と、衝撃的な発言をしておられた。

http://www.lovepiececlub.com/lovecafe/mejirushi/2015/04/28/entry_005710.html

リンク先の記事は、毒親に過干渉された経験を持つ女性の方が、それとは別の主張を持つ男性と、トークショーをする羽目になった際のエピソードである。
まあ、自分の経験していない内容を、認める事が出来ない人は居ます。さすがに、カウンセリングを否定する人は珍しいかも知れないが。この人は親との関係を、俯瞰視できてない印象があります。まるで、信仰のようですね。
親の過干渉については、共依存状態なのでは、と考える人もいて、シリーズ「共依存からの脱出!」・・・№2 親と子の共依存! : 遺言 のような記事もあります。
ここなんかは、かなり詳細に、そうなった原因等、背景を探る試みをしています。親と異なる経験をし、違う考えを持つのに、親はそれを認識できないでいる。「違う」という事を意識しないままだから、自分の干渉について、気づけない。


それなりに多くの人が、親からの干渉に悩み、親から離れようとし、近づく事さえ拒否する事もあるのに、ある種の人間にはそれが理解できないのには、その人自身に、親信仰みたいなもの、盲信的なものがあるのではないのかな、と思っています。
私は盲信しない、というより、干渉に悩んで独立した人なので、そっち側に立ちますが、逆側へ理解させる行為は、非常に難しいと思っています。