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先日の判決文を整形して再掲載すると共に、現在の感想を述べたい。

痴漢冤罪は多いのだが、本件を感情的に論ずるよりも判決文を読む事。(西武池袋線痴漢冤罪小林事件) - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック で取り上げた判決文を整形したので、下記に再掲載します。
判決文(主文) - 平成20(あ)333 強制わいせつ被告事件  平成22年07月26日 最高裁判所第一小法廷 決定 棄却 東京高等裁判所 より、判決文の全文。

主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人田場暁生ほかの上告趣意は,憲法違反,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であり,被告人本人の上告趣意は,事実誤認の主張であって,いずれも刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論にかんがみ記録を調査しても,被告人の犯人性に関する第1審判決の認定を維持した原判断に誤りがあるとは認められない。
1 原判決が是認した第1審判決認定の犯罪事実の要旨は,「被告人は,平成17年3月18日午後10時36分ころから同日午後10時40分ころまでの間,東京都豊島区の西武池袋線池袋駅から東京都練馬区の同線石神井公園駅に向かって進行中の電車内において,乗客である当時19歳の女性(以下「被害者」という。)に対し,同女のスカートの中に右手を入れた上,強いてわいせつな行為をした。」というものである。
2 記録によれば,原判決が認定するように,本件当時電車内は相当に混雑していたこと,被害者が,その左斜め前に被害者に背を向けて立っていた男性(以下「犯人」という。)から,上記強制わいせつの被害を受けたこと,このとき被害者の前方,犯人の右斜め前に被害者と向かい合う形で立っていたNは,被害者から助けを求められて上記被害の訴え及び犯人を認識し,その後,電車が次の停車駅である石神井公園駅に停車した際,犯人と認識した男性の左そでをつかんで一緒に降車し,駅事務所に連れて行ったところ,この男性が被告人であったことが明らかである。
3 所論は,Nが,犯人と被告人とを取り違えた可能性があると主張する。
(1) しかし,Nは,第1審公判において,被告人を犯人として捕まえるに至った経緯等について,「私が被害者に『どうしたの。』と声を掛けると,犯人は,電車内を被害者から約2m離れた位置まで移動したが,その際,私は,移動する犯人の背中に向かって,『おじさん次で降りるからな。』と声を掛けた。その後,私は,電車が次の停車駅である石神井公園駅までの間を走行中,ずっとではないものの,犯人をちらちらとたまに見て,その背中を目で追っていた。私と犯人の間には乗客がたくさんいたが,周囲の乗客が上記のとおり私が犯人に声を掛けたことに反応して,犯人の周囲には若干の空間ができていたので,犯人の背中は見えた。電車が同駅に停車する直前に,犯人に対して『一緒に降りるぞ。』と言い,停車と同時に,ドアが開く前に,犯人の方に向かい,その左そでをつかんで一緒に降車した。このとき降車する乗客の流れがあったが,私が犯人のところへ行くために降車する乗客の流れに逆って進まなければならないところでは,周囲の乗客が空けてくれた。捕まえた犯人は被告人であった。」と供述している。
(2) Nは,たまたまその場に居合わせた乗客であって,被告人とも被害者とも格別の関係を有しない第三者であり,殊更に被告人に不利益な虚偽の供述をすることは想定されない。 その供述内容は,痴漢被害を認識した経緯,犯人を特定して声を掛けた状況,石神井公園駅に至るまでの犯人との位置関係,その間における犯人の視認状況,そして同駅で犯人とともに降車した状況を通じて,不自然な点はなく,信用性を疑うべき事情は見当たらない。Nの供述する一連の経過に照らせば,同人が犯人を別人と取り違えた証跡はないものと認められる。
(3) 原判決は,○1電車の走行中,Nが犯人を目で追った状況に関しては,Nが犯人に声を掛けたことに周囲の乗客が反応し,犯人の周囲に若干の空間ができたという供述には臨場感があり,この状況を前提とすると,Nが,断続的に犯人の背中を目で追っていたので,犯人を見逃していないというのは自然であり,また,○2電車の停車時にNが犯人を逮捕した状況に関しては,停車する直前にNが犯人に対して「一緒に降りるぞ。」と言ったので,周囲の乗客はNと犯人の動静に注目する状況にあったことがうかがわれる上,Nと犯人は約2mしか離れていなかったことからすれば,Nが犯人のところにたどり着き逮捕することは,降車する乗客の流れがあってもそれほど困難ではなかったというのは自然であるとして,Nの供述の信用性を肯定した。
上記のとおりNが犯人に声を掛けたことに加え,被害者の第1審公判供述によれば,被害者が泣いており,周囲の乗客が「痴漢,痴漢」などと話していた状況が認められるのであって,このような状況の下で,周囲の乗客が犯人を避けるようにし,その周囲に多少の空間ができることは,電車の混雑を考慮しても,十分に考えられるところである。また,Nの供述によれば,犯人とそれを捕まえようとするNの存在が周囲の乗客において容易に認識できる状況にあったから,周囲の乗客が犯人の方へ向かおうとするNの進行の妨害とならないようにすることも十分に考えられる。原判決の前記判断に不合理な点はない。
(4) なお,原判決は,Nの供述する犯人の身長や上着の色及び長さは,逮捕時の被告人のそれと厳密に一致しないところがあるが,そのことは当時の視認状況等に照らしてNの供述の信用性を否定するほどのものではないとした上で,被害者が第1審公判において供述する犯人の後頭部の髪の特徴や上着(白っぽいジャンパー)は,逮捕時の被告人のそれと整合するものであり,犯人と被告人が同一人であるというNの供述を補強するものといえると判断しているところ,被害者が周囲を見渡したときに白っぽいジャンパーを着ていた人は犯人以外にいなかったと供述していることなど,記録上認められる証拠関係に照らし,その判断は首肯できる。
4 所論は,本件当時,被告人は疾患により右手の示指及び中指を動かすことが困難であり,また動かせば強い痛みが生ずるため,被告人が右手指(被害者の供述によれば右示指又は中指)を被害者の膣内に入れるという本件犯行を行うことは不可能であったと主張する。
(1) 被告人の右示指に可動域の制限があることは証拠上明らかであるが,原判決は,以下の理由から,少なくとも被告人の右中指,薬指,小指には可動域の制限はなく,被告人が本件犯行を行うことは不可能ではなかったと認定した。
ア 本件の約1か月半後である平成17年5月6日以降に被告人の手の診察をした医師Bは,第1審公判供述及びその意見書において,被告人の右中指は右示指と同様に可動域に制限があり,また右中指を膣内に入れようとすると相当の痛みが出るなどと説明するが,同医師の外来診察録への記載,同医師が作成した診断書のいずれにおいても,右示指,左中指についての記載はあるものの,右中指についての記載はないことなどからすれば,同医師の上記供述は,右示指の診察結果から推測したことを交えて説明しているものとうかがわれ,その説明内容の正確性には疑問の余地がある。
イ 本件の6日後に撮影された,被告人が右手でかばんを持っている写真では,右示指はてのひらに付いていないが,右中指,薬指,小指はてのひらに付くまで曲げられており,これらの指に可動域の制限はなかったと認められる。
(2) 検討するに,上記(1)アについては,医師が,被告人の右中指に可動域の制限があり,動かせば強い痛みが生ずるにもかかわらず,そのことを診療録や診断書に全く記載をしないことは考え難いことに加え,記録によれば,本件以前の別の医師による診療録の記載にも,右示指と左中指の可動域制限の記載はあるものの,右中指の可動域制限や痛みの記載はないことからすれば,B医師の説明内容の正確性には疑問がある。また,上記(1)イについても,被告人が右中指,薬指,小指をてのひらに付くまで曲げてかばんを持っている状況が撮影された写真は,動かし難い客観的証拠である上,同写真の被告人の表情には苦痛の様子が全く見られない。そうしてみると,被告人が本件犯行を行うことは不可能ではなかったとした原判断に誤りはない。
5 以上のとおりであり,その他所論の指摘を考慮して検討しても,被告人の犯人性に関する第1審判決の認定を維持した原判断に誤りがあるとは認められない。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官宮川光治の補足意見がある。
裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
私が法廷意見に同調する理由を述べておきたい。本件では,被告人は一貫して否認しており,本件公訴事実を基礎付ける証拠としては,Nの証言(1審及び原審)とこれを補強する被害者の証言(1審)があるのみであり,物的証拠等の客観的証拠はない。また,記録上,被告人にはこの種の犯罪性向をうかがわせる事情は見当たらない。したがって,本件における事実認定は,専ら上記各証言と被告人の弁明の信用性・合理性の検討に依拠することとなるが,当審が法律審であることを原則としていることにかんがみ,当審は自ら心証を形成するのではなく,原判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理といえるかどうかの観点から審査することとなる(最三小判平成21年4月14日刑集63巻4号331頁)。
本件の重要な争点は,○1Nが犯人と被告人を取り違えた可能性があるか,○2被告人は右手指に可動域の制限と痛みがあり本件犯行を行うことが不可能であったかの2点である。
○1については,Nは移動する犯人の背中に向かって,「おじさん次で降りるからな」と声を掛けており,記録によれば,被害者は同時に「この人です」と言って移動する犯人を指さすとともに泣き出した事実が認められ,これらによれば周囲の乗客が反応して犯人の周囲に若干の空間ができたことは自然であると考えられる。そして,本件犯行時点から電車が石神井公園駅に到着するまでは6,7分の時間であると認められるところ,この程度の時間であれば,そうした空間が維持されていたということは格別不自然ではない。そうであれば,Nは約2m右後方に移動した犯人をずっと注視していたわけではなかったとしても,見失う可能性はないのではないかと思われる。また,Nは,石神井公園駅に到着する直前に犯人の方に向かい,いったんその左そでをつかんでいるというのであるから,到着後の乗客の流れの中で,犯人を見失うということも考え難いところである。Nの証言は,犯人の服装の記憶について一部不確かな点があり,逮捕者として自己の行為を正当化する動機が働いている可能性もないではないが,上記証言内容に関しては自然であり,N証言を重要な根拠として,同人が犯人と被告人を取り違えた可能性はないとした原判決の判断は不合理であるとはいえない。
○2については,法廷意見4(2)が検討していることのほか,本件当時,被告人は手品や尺八の講座に通っており,当日は,前年4月から通っている手品教室の継続受講料を支払っていること,かばんの中には手品用の紐,ハンカチ,カードコレクションが入っていたことなど記録上認められる事実を総合すると(仮に,被告人はそれらを「膠原病のため動きにくくなった指の運動を兼ねて」たしなんでいたのであるとしても),被告人の弁明を排斥して本件犯行を行うことは不可能ではなかったとした原判決の判断は不合理であるとはいえない。
(裁判長裁判官 宮川光治 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官 横田尤孝 裁判官 白木 勇)

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20110330143731.pdf

実際に判決文を読んでみると、色々気づくことがあります。
この裁判の主要な争点は、被告人の取り違えの可能性と、行為の可否についてですね。
裁判というのは提示された事実関係から、その事実関係が証明されえるものであるのか*1を判断する場ですが、行為の証明については「行為自体の不可能性が証明できなかった」という事なのですね。
医師の診断も、行為の完全な不可能性を証明できる内容ではなかった、故に犯人性を否定できなかった、という事ですね。
今回、犯人*2とされた人が、新たに再審請求審で証拠を出したが、それも有罪性を否定できなかった、という事になります。


本件には色々な意見があると思います。
確かに、行為の難易度が高い、とは言えると思いますし、そこの点は気になる処ではありますが、事件の際に実際にはどうであったか、に判断には慎重である方が良いと思います。
身体障害というのは、基本的には世の中の事象に対して、穏便な行動にでる要素になりますが、総てがそういう傾向になると決まったわけではありません。また、これと逆の意味では、被害者が犯人を誤認した可能性もあり得る*3とは思います。
ただ、総ては可能性であって、起きた事象を決めつけてしまうのは、どんな場合でもいけないと思います。判決文を読んでいて、言われていた「不可能な行為なのに、有罪とされた」という訳でもない、という事がわかりました。
なかなか難しい判断の事件ではあったと思いますし、事実が逆である可能性もあり得るとは思いますが、ともあれ、現在の再審請求審は否定される状況なのですね。

参考リンク
平成20(あ)333 強制わいせつ被告事件  平成22年07月26日 最高裁判所第一小法廷 決定 棄却 東京高等裁判所
判決文(主文) - 平成20(あ)333 強制わいせつ被告事件  平成22年07月26日 最高裁判所第一小法廷 決定 棄却 東京高等裁判所
裁判の経緯(時系列) - 西武池袋線痴漢冤罪小林事件@wiki - アットウィキ

*1:ここでは、科学的な証明をしているわけではないことに注意。良く言われることではあるが、裁判というのは科学実験や、物事の真実を追求する場ではない。あくまでも提示された事実関係が、論理的に証明されえるものであるか、を判断する場です。故に提示された証拠に誤りがあったり、科学事実を提示されなかったりすれば、事実と違う結論が生じたりすることがあり得ます。「裁判の結果」=「真実証明の場や、科学事実の証明」ではない、というのは留意しておいてほしいです。

*2:有罪決定しており、被疑者という言葉は、ここでは使用しません。

*3:心理的に動転している場合は非常にあり得るので、そこの部分を突かれて無罪判決が出ている事件もありますよね。