luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

自己コントロールが効かない国の、行き着く先。

少し前に書いた もう、土用の丑の日に鰻を食べるのは止めましょう。 - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック が、なかなか注目を集めていた。
でもね、できればリンク先に挙げた ウナギの乱食にブレーキをかけられるのは誰か? - 勝川俊雄公式サイト を読んで欲しかった。...残念ながら、他の漁業国で、国(お上)の規制だけでうまくいった例がない*1のです。

ではどうして、漁獲規制が導入できたかというと、国民世論が乱獲を許さなかったからだ。

ノルウェーでも、ニュージーランドでも、環境保護団体が強い。彼らが非持続的な漁業の問題点を指摘した結果、乱獲に反対をする国民世論が高まり、漁獲規制が導入されたのである。選挙では、与党も野党も、漁業管理を公約にして、選挙を戦い、意欲のある政治家が中心となって、政治主導で資源管理を始めたのである。

漁獲規制を始めたら、大型の魚がコンスタントに捕れるようになり、漁業が儲かるようになった。すると、5年もしないうちに、漁業者は資源管理を支持するようになった。

http://katukawa.com/?p=5257

リンク先でも、勝川さんが消費者教育を試みていて、

非持続的な水産物消費システムを変える可能性をもっているのは、行政や業界では無く、消費者だと思う。日本の魚食を持続的にしていこうと思ったら、「なぜ、日本では非持続的な消費についての適切な情報が消費者に流れないのか」を分析した上で、そこに風穴を開けていく必要があるだろう。

http://katukawa.com/?p=5257

...と書いてある。
つまりは、 もう、土用の丑の日に鰻を食べるのは止めましょう。 - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック というのは、それに即した記事でもある。
元々、旬ではなく、売れずにキャッチフレーズで売ろうとした*2土用の丑の日に鰻を食べる」という習慣を止め、今後、自国民が漁業資源を保持できるために何が出来るか、これを機会に考えるのは重要と思うのだ*3


鯨については、元々、大型の鯨漁が自国の文化ではなかった*4のも幸いして、乱獲自体には歯止めはかかっている様だ。
水産省が某鯨関係の環境団体の憎悪を煽っても、鯨の自国消費は伸びていない*5し、もう鯨の自国での漁も継続できない状態に陥っている、つまりは自国の消費を抑えることに成功している。
詳しくは 捕鯨は産業保護策からプロパガンダ策へ走り、そして消えてゆく。それは、幸いかもしれず...。 - luckdragon2009 - 日々のスケッチブック に書いた。


さて、鰻だが。これはどうも、日本の文化として根付いていて、結構厄介な事になっているようだ。
土用の丑の日に関しては、http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20130712/CK2013071202000049.html より。

協会会長の鵜殿健治さん(65)は「今年も脂が乗っておいしく仕上がった。猛暑日が続いているので、栄養価が高いウナギを食べて暑い夏を乗り切ってもらいたい」とPRした。

http://www.chunichi.co.jp/article/aichi/20130712/CK2013071202000049.html

...そう。業者は乱獲の結果を知っている。「近年の稚魚の不漁により、前年度比三割減」とも記事にも書いてある。
で、この台詞なのだから、最後まで採り尽すことを止めようとしないだろう。
実際、鰻の稚魚の生産地は既に移っていて、今、採れる地域の稚魚を使っている。記事では PR記事らしく、それには触れていない。時々言われる不都合な事実には触れない記事に仕上がっているわけです。
実際には乱獲で取り付くし、採れる最後の漁場に移っているのは、日本のウナギ根絶作戦が、ついに最終段階 - 勝川俊雄公式サイト にも書いてある。

われわれが、いま考えるべきことは、「どうやって、世界最後のウナギ資源を開発するか」ではなく、「乱食を止めて、持続的な水産物消費に移行するには、どうしたらよいか」である。ウナギを反面教師にして、マグロを含む他の水産物を食べ尽くさないように、責任ある水産物消費へと舵を切らなければならない。

http://katukawa.com/?p=5239

...そう。実はこの話は鰻に終わらない。もし、本当に鰻を食べつくし、絶滅の危機に陥らせて国際的な非難を浴びれば、過去に鯨で言われたことが、人種差別とか偏見とかの歪んだフレーズ*6ではなく、確実に自らが起こした事実として批判されることになる。
自国民の産業、消費者が一体となって起こした、鰻の絶滅の危機への行動方針が、今後のマグロ等でも事実確認への検証事実として挙げられるのは必至です。それを根拠として、「鰻でもやっただろ、じゃあ、マグロでもやるだろう。」と言われてしまう訳です。
問われているのは、自国の産業の事実確認と、自己コントロール行動であり、それが行えないと判断されたのであれば、つまりはそういう行動をする国という思われることになります。それでも良いのですか?
なお、鰻は国際的な話であるが、日本近海*7の魚で、似た内容を繰り返していて、さらに最近でも危機的状況と言われている魚種もあるので、今後の日本の漁業の行く末を占うためにも、そういった話題を調べてみるのをお勧めする。

*1:コメントに「国の規制を」と書かれているが、国が自動的に規制を始めてくれる気配は今のところ無い。

*2:平賀源内さんが、うなぎ屋に頼まれてキャッチフレーズを考えた、という説が有力ですね。

*3:これは念のため言っておくが、強要ではない。危機的状況ではあるが、あくまでも自発的な自分の採りうる行動として考察して欲しい。

*4:鯨漁の歴史を調べてみると良いと思うよ。元々の小規模な鯨漁は日本の文化だったが、水産会社の大規模な鯨漁は、実はちょっと違う。

*5:まあ、あまり美味しくない、というのもあるのではないかと思う。元々の小規模漁の文化を持つ地域は、食べる術を知っているが、他の地域ではあまりそれを知らないようだし。

*6:いわゆる、人種差別論はプロパガンダの一種であって、数を減らしたのは事実だと思う。また、過去の日本人の文化の視点では、大規模な鯨漁は元々の漁業形式ではなかったはずなので、その論も微妙に印象操作が入っていると思うよ。

*7:例えば日本沿岸の小女子の漁とか。