何か、心に残ったので...。
『生きて還れなかったら種子(たね)になって還る.. 澤地久枝』より。
生きることへの「希望」は、ナチス・ドイツ支配下、フランスのレジスタンスで生まれた「明日死んでも/私は林檎の樹を植えよう」の詩句につながる。生に執着し、明日への希望を失わずに生きてゆきたい。
http://www.iwanami.co.jp/311/PDFs/1108a.pdf
...何か、原発事故が起きたせいで、妙にリアルな空想まで付加されてしまうが。
未来のために、今はそこから去っても、遠い将来、そこに還って行こう、そういう想いは持ち続けていこう、と思った。
私自身に子供はいないので、文字通りの種子、子孫ではないのだが、自己の『ミーム(模倣子)』という形で、今は行けない場所や、去らざるをえなかった場所への帰還、ができたらいいな、と想った。
今、退避区画から避難している人、そういう場所ではないけれど、諸事情から希望する場所*1にはいない人にも、言える事かも知れない。
できるなら、その場所への帰還を。それが叶わないのであれば、自己の種子の帰還を。
例え、それが『ミーム(模倣子)』であっても...。
どうか、出来る限りの幸せを、この世に。世界に。