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AID(非配偶者間人工授精)に潜む、運用管理の法的問題について。

きっかけは最高裁判例のこの判断だった。→ 事件番号 平成25(許)5 「戸籍訂正許可申立て却下審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件」平成25年12月10日 最高裁判所第三小法廷
上記の判決は、下記の内容です。

性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律に基づき男性への性別の取扱いの変更の審判を受けた者の妻が婚姻中に懐胎した子は,妻との性的関係の結果もうけたものであり得なくても,夫の子と推定される。

http://www.courts.go.jp/search/jhsp0030?hanreiid=83810&hanreiKbn=02

関連まとめが二つ*1あります。どちらを見てもらっても分かりますが、非常に裁定に関しては意見が分かれた判決です。
特例法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15HO111.html により男性扱いをされた方を「夫」とすることにより、民法772条の推定を有効としたものです。条文は以下に記しました。

民法 第772条

1 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。


ところで、この男性*2は、出生時、生物的には女性であったようなので、出産に関しては AID*3を行っています。

性同一性障害をもち、女性から男性へ性転換をし、戸籍上の性も男性に変更(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律による)した方」と女性の夫婦が、第三者精子提供で体外受精を行い、生まれた子

http://togetter.com/li/601780

という経緯を持った子供であった訳です。
この場合、人工授精でないと生まれえない子供ですので、子供の帰属性や、認識は明らかになっている訳なんですが、人工授精について少し調べたところ、この制度については「非常に大きな問題を抱えている事」が判明しました。


まずはこの問題の根幹として、実の親を知りたい…匿名ドナーの子どもたち 写真6枚 国際ニュース:AFPBB News の記事を読んでください。この記事だけではなく、DI児の望ましい福祉 ―非配偶者人工授精で生まれた子どもたち― の文書中では分析として、「AID 児にとって真実告知され遺伝上の父親を知り周りから理解されることが非常に重要」という事を述べています。

AID 児にとって①真実告知され②遺伝上の父親を知り③周りから理解されることが非常に重要であるとわかった。彼らの半数は早い時期の真実告知を望んでおり、自らのアイデンティティの確立を目指す。また AID である自分をまるごと受け止めてもらうことが難しい現状に苦悩しているのである。

http://www.f.waseda.jp/k_okabe/semi-theses/12yuko_ikeshoji.pdf

では、現状はどうか。実の親を知りたい…匿名ドナーの子どもたち 写真6枚 国際ニュース:AFPBB Newsより。

もっとよく真実を知りたいという加藤さんの願いは、両親の動揺と、遺伝的親子関係に関する詳細な情報を知るための法律が日本にないことによって阻まれた。

http://www.afpbb.com/articles/-/2919374?pid=10045616

法制度の議論などは http://snn.getnews.jp/archives/128460 や、日本におけるAIDの歴史: AIDについて考える より、状況はうかがい知ることが出来る。

法案化に向けて…

2003年に提出された報告書をの内容をもとに、法案を国会に提出する、とのことでしたが、2004年、2005年の通常国会への提出も見送られ、2006年10月現在、法案化への動きはまったく止まってしまっているようです。

法的親子関係について
法的な親子関係についての議論は、2001年から法務省に生殖補助医療関連親子法制部会を設け、親と子の関係、提供者と子の関係、子どもの出自を知る権利や近親婚の可能性などについての問題の話し合いが行われ始めていましたが、上記の法案化の問題などがほとんど棚上げ状態になっていることもあり、議論はとまってしまっているようです。

http://blog.canpan.info/aid/archive/3


潜在的なニーズは増加しており、今後事例が積み重なっていく事*4から考えても、何時までも法的な規定無く、放置状態で留め置かれているのは正しくない、と思われる。
まったく何も法規制が無く、制約が無い世界は、自由奔放が故に特定の方々には理想郷に映るのかもしれないが、人間の総てが善人では無い以上、何時かは問題が起こるし、長年に渡り何の規制もされないのであれば、そういった状態を見越して、時に悪意のある人間の隠れ蓑になってしまう大きな危険性も存在する。
善意の人が、ボランティアが常に良い結果をもたらすかと問われて、それ以外の結果をもたらした事態を、私は医療や、社会生活の場面でたくさん知っている。「地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)」とも言う*5


気になって少し調べてみたが、精子バンクについては連絡先を明確に記している例はあまりない。メールの連絡先を記している程度では何の保証にもならない。...せめて法人格を持ち、法人登記を行い、法務省の法人登記簿閲覧程度で検索可能な程度には、情報公開を行うべきだと考える。
法人登記の目的、会社内容は嘘偽りない事が求められるし、誰でも閲覧が可能であり、内容に瑕疵あれば、相手団体に責を問う事も出来る。団体にとっても、自らの出自の公正を公開できるし、適切な行動のように思う。それが出来ないのであれば、その程度の情報すら公開できない、と言う懸念を抱かずにはいられない。
実際、それほど大きくない NPO法人でも、法人登記程度はしてある事も良くあるのではないか。社会的に公正な、「人の生命にかかわる重要な生殖医療の一端を担っている」自覚があれば、少なくとも運営団体程度はごく普通に情報公開すべきと考える。正しい事を行うためには、自己満足ではなく、他者の冷静な判断の目が重要であろう。
情報公開を行う事は別に負担ばかりが増える訳ではない。実際に、そういった情報公開を行えば、社会的認知や、社会的評価も上がるであろうし、そういった状態に、不実な嘘で名誉棄損を行えば、公明正大に相手に責を問う事も可能になろう。別にデメリットばかりではない。社会に存在する団体は、そうやって負担を負いながら、社会からの支援も受けているのである。
営団体の情報公開は、特に議論の必要性はないと思うが、精子の提供者、ドナーに対しても、提供した側との間で、相互の情報交換は必要*6と思われる。米国のように、提供者の遺伝子情報を問うのはやり過ぎであり、過剰な要求だと思うが、提供先の相手が誰であるか、は、子供が自己のアイデンティティを確立したいと考えたりする場合や、確率は小さいながらも、近親婚の可能性*7を考察する際に役立つであろう。
何よりも、本人が確定していれば、運営者が嘘を言っているかどうかなど、今は判別不能な身体安全上の情報も手に入れることが可能になる*8 *9。相互の契約を明文化する事により、未来の問題を防止することも可能だろう。
今の精子バンクの現状は、過去の影を引きずり、人の誕生といった重要な内容での関係者の相互の連絡網を、自ら断ち切って背を向けてしまっているように見える。生まれた子供は、将来自ら親になり、受け継いだ提供者たちの「命」は、さらに次の世代へ受け継がれていく、それを知るための糸は、関係者の間には公開されるべきだと考える。提供者たちは、自らの結果のさらに先、孫を見ることもできるのではないか?


近い将来、DI児の将来に明るい光がさすように、一般社団法人日本生殖医学会|倫理委員会報告「第三者配偶子を用いる生殖医療についての提言」AIDで生まれるということ〜加藤英明さんに聞く〜 Part-1 - 卵子提供・代理出産プロジェクト - babycom「家族と生きるということ:DIによって築かれた家族から考える」吉本明未 を紹介しておく。

*1:参考 まとめよう、あつまろう - Togetter "性別変更の男性、「父」認定"について法クラの反応まとめ。 - Togetter

*2:法的にこう扱う事になるので、この方は以降、この記載にします。その方が法理にかなうでしょう。

*3:非配偶者間人工授精

*4:「家族と生きるということ:DIによって築かれた家族から考える」吉本明未 より、「日本でのDIは1948年から慶応義塾大学医学部で始められ、翌年の1949年に日本で初めてのDI児が誕生した。その後60年近く続き、日本産婦人科学会によると現在では年間平均のべ約1400名の患者がDIを受け、年間平均約140名のDI児が誕生している(1998〜2007年度)(表1)。そして、DI児の総数は約1万人以上にものぼると言われている(2)。」。

*5:参考 地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions) - モジログ

*6:なお、関係者以外には情報公開は不要だろう。情報公開は別に好奇な無関係者のためではなく、関係者が相互に問題解決するために必要なものだと考えるからである。

*7:ドナーの提供先数を制限する事によって、この可能性を防止しているようだが、それよりは本人情報を確認するのが確実であろう。

*8:無論、デリケートな内容もあるので、情報公開の場には経験豊かなコーディネーターが必要となろう。

*9:提供者の条件として、提供者の質に言及している例もあるが、感染症を有しない、ごく普通の社会人であれば、奇妙な高品質なブランド志向を強調する必要はないと思う。身体的特徴はともかく、社会的な影響を受けやすい「学歴」や、「社会的習慣」までもを「提供者の品書き」に求めるべきではないと考える。