まあ、IT でも、医療でも、会社でも、そうだと思うのですが、荒れて修繕不可能になった現場というのは、妙な高揚感に支配されている場合がありまして。
奇妙な宗教的な宣教師みたいなのが居たりするわけですよ。
で、出来ない事を「出来ない」というと、「そういう事を言うな」と非論理的な罵声を浴びせたりします。
...不条理な処遇に我慢できずに、契約を解消したりする人々に対して、「あれは負け組だ」と言ってみたり、「問題解決能力がないからだ」と言ったりします*1。
徹夜明けの酷い匂いのする姿や、終電帰りで家庭で存在が薄くなった状態の方々が、そういう言葉を投げかけている情景を見ていると、去る方々は、何気に心の中で相手を哀れみつつ、感情的な反発が嫌で、無言でその現場を去っていきます。
実際、状況にうまく対処できない状態にまで堕ちてしまった現場の場合、去る方には「敗退感」がありますので、実はまったく同じ心理状態*2であっても、居続ける人が、去る人に罵声を浴びせる事を容易にする、つけ込まれやすい心理が生じてしまっている、と言えると思います。
ただ、「現実的に対処が不可能だから、撤退する」と論理的に結論を出せたことは評価すべきで、妙な反応を気にするのであれば、そういう絡まれる応酬を避けるために、無言で去っていくのが良いかと思う。
居続ける方が、ちゃんと論理的に解決できる解決策を立案できるのであれば*3、その現場の問題も解決されるであろう。
去ることを決意したら、現場に残る人の珍妙な引きとめの言葉はスルーした方が良いと思います。体を壊し、休みを取る人間が激増した現場で、無責任にも、撤退する人々に侮蔑的な言葉を投げかけている姿を目撃すると、強く、そう思います。
その言葉で、撤退を撤回し、体調を崩し倒れる姿を、無数に見てきました*4ので。
あえて、こう言います。「無言で去って良いです。...敗北感も負う必要はありません。」