luckdragon2009 - 日々のスケッチブック(Archives)

luckdragon2009 - 日々のスケッチブック [過去記事]

結構、昔から言われ続けている、脳に関する変な説

http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=4601#more-4601
15 Things You Didn’t Know about the Brain - Online Nursing Programs, Schools & Degrees』に対する指摘ですね。看護師のサイトなのかな。

基本的に、15項目挙げられたもののうち専門家の視点で見ると2, 6, 9, 13, 14に問題があります。中には「どう見ても神経神話(neuromyth)」と断言できるものもあれば、グレーゾーンかなぁ・・・というものもあります。ただいずれにせよ、科学的結論の出ない代物をあたかも確定した科学的真実であるかのように喧伝するのは倫理的な意味でも社会的利益という観点からも良くないわけで、その点を踏まえてチェックしていこうと思います。

なお、この15項目のうち脳神経科学とは関係のないただのトリビアが7, 8, 11, 12, 単なる神経科学の教科書的知識の紹介が1, 4, 5, 10, 15となっていて、わざわざ「10%しか使ってない神話」の紹介に3を費やしているので、結局残りの5項目が全ていわゆる「脳科学的言説」である上に全て怪しげだというわけです・・・どうしようもないですね。

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2. 分析的な思考をつかさどる左脳とクリエイティヴな思考をつかさどる右脳の2つの半球に分けることもできます。

これは「右脳・左脳」論であり、典型的な神経神話なので論を待たないと思いますが、基本的には「結論の出せない代物」です。実際、相反する結果を報告する研究なら山ほどありますのでとても結論を確定させる状況にはないと言って良いでしょう。

http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=4601#more-4601

これについては、要は右脳、左脳のように明確に分けられて機能している研究成果は、まだ上がっていない、と見られている。*1
どの脳のどの領域がどう使われているか、については、まだまだ全然分かっていない事も多く、脳の活動観測についての研究成果についても、互いに相反する結果が出ていたりして、定説が定まっていない、というのが現時点で言えることである。
つまり、右脳、左脳とか言い出している時点で、その主張は誤りである可能性が非常に大きい。多分、その用語自体の使用が禁忌なのだろう。

6. 母国語以外の言語を5歳までに身につけると、その後の脳の発達に影響し、ほかの人と比べ密度の高い灰白質が形成されます。

このような部位ごとの変化はいわゆるneural plasticity(神経可塑性)として言語獲得に限らず多くの認知機能の獲得プロセスに伴って広く観測されるもので、ごくごくありふれたものです。ここで言われているような、あたかも「小さいうちから第2言語を教え込むと脳に良い」かのような文脈とは全く異なる報告であることに注意が必要です。

http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=4601#more-4601

実際の論文に、「Neurolinguistics: structural plasticity in the bilingual brain (Mechelli A, Crinion JT, Noppeney U, O’Doherty J, Ashburner J, Frackowiak RS, Price CJ, Nature. 2004 Oct 14;431(7010):757)」があるのですが、文章の最後で言われているように、別に幼少時に母国語以外を第二言語として教え込むと、頭脳活動に良い影響があるというのとは違う、という事ですね。
まあ、勉強に対して熱心だという要因はありますので、それが変な方向に働かなければ、何も努力しない環境よりは頭脳活動を促進する、というような学習環境の要因としては働くかもしれませんが、反面、無理強いして、学習意欲を失わせることもありえる訳で。

9. 食事は脳に影響します。ニューヨークの学生(生徒)100万人を対象とした調査では、保存料や合成着色料を含まない昼食をとる学生は昼食で保存料や合成着色料を摂取する学生と比べIQテストのスコアが14%高かったそうです。また、別の研究では週に1度以上シーフードを食べる人々はその他の人々と比べ認知症の発症率が30%低いことも示されています。

これは研究がどうこうというより、相関関係と因果関係とをごちゃ混ぜにしている危険性があります。IQの高い人々とその親は「そもそも文化的・教育的背景に基づいて」保存料や合成着色料を含む食材を避ける傾向があるかもしれないわけで、そうなると「保存料や合成着色料を避けた結果としてIQが高くなる」のかそれとも「IQが高いから保存料や合成着色料を避ける」のかの切り分けが困難になります。

一方、dementia(「認知症」と日本では呼称される加齢性認知機能障害)の発症率が低下するという件に関してはシーフードかどうかは別として、食事による影響があることは以前から知られています。有名な例だとカレーに含まれるターメリック(クルクミン)がアルツハイマー病を予防する可能性を報告した研究がPNASに載ったことがありますね。

http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=4601#more-4601

最初の話については、相関関係と因果関係をごっちゃにしている話で、IQ が高い人間が、そういう傾向の食事をとろうとしている傾向にあるのかも知れないという事ですね。実際、いろいろな事を考えて行動する人が、そういった傾向の食事を取ろうとすることは十分ありえるでしょう。*2
後半の、認知症の発症に食事が影響しているという研究結果はあるようです。
ただ、シーフードではなく、ターメリックとかのようですが...。

13.男性は主として脳の左側で情報を処理し、女性は両側を同時に使う傾向があります。

典型的な「神経神話」です。この件に関しては、当blog過去エントリ『「似非脳科学」が娯楽に留まらず、政策決定にまで波及したらどうなるのか?』で詳細に論じましたので、そちらをご覧下さい。端的にいえば、そういう男女差があるとする議論はもう30年近く続いているにもかかわらずまだ結論が出ていない状況です。

http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=4601#more-4601

よくジェンダーフリー的男女権利平等論でも、男女差別論でも、どちらでも言及されることがあるが、要は男女で差があるという研究成果は上がっていない。
つまり結論が出ている内容ではないので、そういう話をする事自体が誤りと言うことですね。
たまに、ジェンダーフリーと称して、女性優位説を唱える論者*3が、こういう研究成果が出ている、と女性の方が優れている、とか言ってそうであるが、まあ、いずれにせよ、脳の研究成果として、そんな性差は発見されていない。どちらかというと、個人差の方が大きいとされる事例ですね。

14. 「男性は論理的で女性は感情的」などとよく言われますが、これは根拠のない決めつけとも言い切れません。女性の脳では男性の脳と比べ感情をつかさどる辺縁系が大きく、男性の脳では数学的能力をつかさどる下頭頂小葉が大きいことがわかっています。

前半と後半に分けましょう。まず前半ですが、辺縁系(limbic system)の語を使った理由がよくわかりませんが、これがもし脳梁(corpus callosum)のことを指しているのだとすれば上記の過去エントリで論じた通り「単なる神経神話」に過ぎません。なお、さらに調べたところ前交連の前方・側脳室の内側にある分界条床核(bed nucleus of the stria terminalis)のgray matter volumeに男女差があり、これはむしろ男性の方が大きいそうです。何やら混乱している感があります。

http://viking-neurosci.sakura.ne.jp/blog-wp/?p=4601#more-4601

引用が長くなってしまうので*4、ここら辺にしておいて、あまり詳細に書くのも止めておくが、ここらへんも、何か男女差などについて、まだまだ結論付けられないことを、研究成果が出てない状態から決定付けようとして、なにやら混乱状態になっているように思います。
こういうのは、男女差で、そういう事が良く言われるそうだが、まあ、主張も主観的な面があるし、脳研究としても、特にそういう成果は上がっていない*5、と書けばよかったのではないかと思う。
何らかの法則がある、と項目をまとめておこうとして、確証バイアスに嵌ってしまった典型ともいえるのではないかと思う。確証バイアスについては、研究成果はあるからね。

*1:このよく主張される内容についての詳しい反論が『「似非脳科学」が娯楽に留まらず、政策決定にまで波及したらどうなるのか?』ですね。

*2:まあ、給与、生活環境により、そういう選択肢があまりない食事環境にある可能性もあります。一般に IQ が高ければ、高給与で恵まれた生活環境、食事環境を得ている可能性は高いでしょうから。

*3:この場合はレイシズムフェミニストと呼べるのかもしれないが。

*4:元記事には、さらに詳細に続く。

*5:何か分かっているか、ではなく、「分かっていない→だから、そういう主張をするな。」と伝えるべき。